堀田 力【弁護士・さわやか福祉財団理事長】 社会部門

受賞年月

平成15年2月

受賞理由

多年、ボランティア活動を全国に展開し、我が国福祉事業に寄与した功績

受賞者の経歴

【学歴】
昭和33年  3月 京都大学法学部卒業
昭和33年10月 司法試験合格
昭和36年  4月 司法修習終了(13期)
【職歴】
昭和36年  4月 検事任官(札幌・旭川・大津各地検に順次勤務)
昭和40年  4月 大阪地検特捜部検事(大阪タクシー汚職事件摘発)
昭和42年  8月 法務省刑事局付検事(財政経済事件・公害事件担当)
昭和47年  2月 在アメリカ合衆国日本大使館一等書記官(ウォーターゲート事件フォロー)
昭和51年  4月 東京地検特捜部検事(ロッキード事件担当)
昭和59年11月 法務大臣官房人事課長(司法改革に着手)
昭和63年  4月 甲府地検検事正
平成  2年  6月 法務大臣官房長
平成  3年11月 退職・弁護士登録、
さわやか法律事務所及びさわやか福祉推進センター(平成7年さわやか福祉財団となる)開設
【公職職】
平成  5年  7月 中央建設業審議会委員・建設省-公共事業における競争入札とボンド制度の拡大を主張‐
(平成6年まで)
平成  7年10月 行政苦情救済推進会議委員・総務省-行政に対する諸苦情の解決策協議-(現在に至る)
平成  8年  2月 中央児童福祉審議会委員・厚生省-児童側の選択権を認める制度改革を主張‐(平成9年まで)
平成  8年  4月 放送のこれからを考える会座長・TBS-オウム真理教ビデオ事件に対応するTBS改革-
(平成8年末まで)
平成  8年  6月 ボランティア・非営利団体の活動促進に関する懇談会座長・東京都
-都とNPOとの協働の方向を打出す-(平成9年まで)
平成  8年  8月 教育課程審議会委員・文部省-ボランティア体験学習、ゆとり教育、絶対評価を主張-
(平成10年まで)
平成  8年  9月 医道審議会委員・厚労省-行政処分の厳格化を主張‐(現在に至る)
平成  8年  9月 介護の社会化を進める1万人市民委員会代表-市民による介護保険制度の修正‐(現在に至る)
平成  9年10月 医療保険福祉審議会委員・厚労省-医療保険の一元化を主張、未実現-(平成13年まで)
平成  9年10月 市民活動推進検討委員会委員長・横浜市-行政と市民活動の協働ルールを条例化-
(平成11年まで)
平成  9年11月 中央社会福祉審議会委員・厚労省
-利用者の選択権を認める社会福祉制度改革を主張‐(平成13年まで)
平成10年10月 高齢者年NGO連絡協議会(現 高齢社会NGO連絡協議会)代表
-高齢者に係わるNGO・NPOの全国ネット形成、成年後見制度普及活動‐(現在に至る)
平成11年  5月 国民生活審議会委員・経企庁-現行NPO法制度の基本仕組みを決定-(平成13年まで)
平成12年  1月 社会保障構造の在り方について考える有識者会議委員・内閣府
-負担と給付の固定化を主張、未実現-(平成12年まで)
平成12年  8月 勤労者マルチライフ支援事業推進会議座長・厚労省
-勤労者のボランティア活動推進策を策定-(現在に至る)
平成12年  9月 政府税制調査会委員-NPO支援税制の採用・拡大を主張-(現在に至る)
平成13年  3月 東京都社会福祉協議会会長-新生都社協プランの策定・実施-(現在に至る)
平成13年  3月 年齢にかかわりなく働ける社会に関する有識者会議委員・厚労省
-就労選択の自由化を主張-(現在に至る)
平成13年  5月 共生型すまい全国ネット代表-ふれあい型グループ・ホームの全国ネット形成-(現在に至る)
平成13年  6月 神奈川県ボランタリー活動推進基金審査会会長-県とNGO・NPOの協働を推進-(現在に至る)
【著書(抜粋)】
「否認」「おごるな上司!」「壁を破って進め」(講談社文庫)
「心の復活」(PHP研究所)
「生きがい大国」(日本経済新聞社)
「中年よ、大志を抱こう!」(PHPエル新書)

受賞者の業績

氏は、一貫して、人が幸せに暮らせる社会の実現に役立ちたいと願って活躍してきた。 昭和36年検事に任官したのも、特捜部検事として汚職を摘発することにより、正直者が損をする という不満を取り除き、勤労を尊ぶ健全な社会にするのに一役買いたいという希望を持ったからである。
昭和41年大阪地方検察庁特捜部検事として、同部が発足以来初めて国会議員を起訴した大阪タク シー汚職事件での端緒を把握するなど、数々の汚職事件を手がけ、昭和51年には、アメリカ連邦議会で、 ロッキード社製のの大型航空機の売り込みに関し、日本の政府高官に巨額の金員が渡った疑いがある旨の 証言がでるや、法務省の密使として渡米、アメリカ政府の関係諸機関と接渉して証拠を非公開で入手する 道を開き、アメリカの司法省及び裁判所の協力を取り付けて、贈賄者であるロッキード社アーチボルド・ カール・コーチャン社長らの証言を引き出した。そして、同年8月、東京地方検察庁特捜部が、米議会証 言に出た政府高官が田中角栄などであることを特定し、同人などを起訴すると、同部検事として、同人等 に対する裁判に立ち会い、収賄罪の立証に勤め、昭和58年、同人等に対する論告、求刑を行った。いわ ゆるロッキード事件の摘発は、たとえ総理大臣を務めた政界きっての実力者でも、収賄の疑いがあるとき は法的手続きをとるということを態度で示し、国民の司法に対する信頼感を確固たるものとしたと評価できよう。
昭和59年、法務大臣官房人事課長に任ぜられ、直ちに司法改革に着手した。昭和30年代に、法律家 に一般常識を欠く傾向があるとして司法改革の努力が行われたが、在野法曹などの反対で挫折したため、 以降改革はタブーとなり、司法試験は、無意味な暗記を強いるため有意の若者がこれを避け、合格者の平 均年齢は30歳近くになり、しかも合格者の数が増えなかったため、司法は複雑化する社会の需要に応じ ることが出来ず、国民の権利擁護ははなはだ不十分で、企業の国際競争上も不利が生じる事態となった。
そこで司法試験を所管する官房人事課長として司法改革に踏み切ることとし、一部の国際弁護士を除い て大多数が反対する日本弁護士連合会にねばり強く働きかけ、国民各層の代表者からなる有識者会議を組 織して討議内容を公開し、国民のニーズに応じるための法律家の大増員と柔軟な思考力と良識を持つ人材 を獲得するための法曹養成制度の改革の方向を打ち出した。これが今日なお続行中の司法改革の出発点となった。
氏は、平成3年、「新しいふれあい社会の創造」のため、ボランティアの普及活動をするとして、法務・ 検察の道を退き、さわやか福祉推進センター(平成7年、文部、厚生、労働の3省から「さわやか福祉財団」 として財団法人の許可を得る)を開設、まず、高齢者を支えるためのボランティア団体の設立及びこれへの参 加を呼びかける活動から着手した。そのためのツールとして、ふれあい切符(時間預託、地域通貨の1つ)の 採用を呼びかけると共に、その理論的基礎として、タテ型とヨコ型のボランティアの種別、労働の対価と法的 に区別されるスタイペンド(謝礼金)、資本の論理と区別される愛情の論理、市場財、公共財と並ぶ「無償財」 などを提唱した。 さらに、学生・生徒や勤労者のボランティア参加を促す仕組みづくりに取り組むと共に、住み方をふれあいの 関係にする、ふれあい型グループ・ホームや、近隣社会におけるふれあいを深めるための地域通貨の普及活動 などに取り組んでいる。
日本のボランティア活動は、90年代に入って広がる気配を見せはじめ、同年代後半から21世紀にかけ、 かなりの勢いで普及し、経済の沈滞がもたらす社会の閉塞状況の中にあって、唯一の明るさを国民にもたらし ている。 ボランティア・NPO(非営利組織)活動を広めるために、氏は、NPO法人制度の新設を主張、同制度は平成10 年に制度化され、0千を越えるNPOが誕生した。 また、政府の税制調査委員会としてNPO支援税制(寄付金の損金算入など)を主張、同税制は平成13年、 不十分ながらも新設された。 またボランティア・NPOとの適切な協力を主張し、東京都、横浜市、神奈川県などの委員会で、行政と ボランティア・NPOが対等に協力する場合の新しい考え方や方式を固め、これらが全国モデルとなっている。
高齢者支援の分野では、介護保険制度の新設と定着に向け、介護の社会化を進める1万人市民委員会 (樋口恵子氏と共同代表)などを基盤に運動を展開する一方、ふれあいボランティア活動を介護保健サービス と車の両輪をなすものと整理、この活動をする団体は、全国で2千を越えるに至った。 学生・生徒のボランティア活動については教育課程審議会委員としてボランティア体験学習の導入による 人間教育の拡充を主張、総合的学習の時間などが導入された後は、体験学習の事例紹介などによりその充実 を図ると共に、地域の市民が体験学習に協力するための仕組み(学校協力勝手連)の普及に努めている。 勤労者のボランティア活動については、企業への働きかけを続けるほか、厚生労働省における勤労者マル チライフ支援事業推進会議座長として、各地の各経営者協会とNPOが協力する仕組みづくりを進めている。退職した高齢者が生きがいを持って活動するためのボランティア参加も、全国講演などによる働きかけが 実を結んできており、血縁関係のない者が助け合って暮らすふれあい型グループホームも、「共生型すまい 全国ネット」の組織化やシンポジウム、マニュアルの発行・配布などにより、全国で100を越えるところま できている。 新しいふれあい社会の創造は、まだ、第一ラウンドではあるが、進む方向と実現のための手段は間違って いないことが実証されたと評価できよう。

授賞理由

氏は、昭和36年4月に検事任官の後、昭和41年より特捜検事として数々の汚職事件を手掛けてきた。昭和51年には、いわゆるロッキード事件において米国ロッキード社のコーチャン氏からの証言を引出し、時の政界の第一実力者である総理大臣経験者の摘発と起訴に至り、司法への信頼と社会正義の規範を示したことは、今も深い印象を国民に与えている。
その後、法務省において司法改革に取り組み、国民の多様なニーズに対応できる司法のあり方、法律家の増員等々の諸改革に着手する。これは、今日なお続行中の司法改革の出発点となった。
国民に深い印象を示した出来事は、平成3年、法務省の重鎮の席を離れ、あえて福祉の道に進まんとした突然の表明であった。国民各界各層が氏の司法界での益々の活躍に期待していたことから、その驚きの大きさは当時の報道によっても推測できよう。しかし、その信念と決意は固く、このことによって逆に国民は、日本がいよいよ成熟した社会になり、また一方で急速に高齢化社会へと突入していることから、従来型のボランティアのあり方、福祉や介護等のあり方が正に問われていることを知ることとなる。
氏は、退官後「さわやか福祉財団」を開設し、その理事長としてボランティア団体の育成とNPO法人制度の新設等、ボランティア・NPOと行政の新しいあり方を提唱・実行し続けている。そのさわやかな歩みは、現在も国民に大きな活力と信頼を与えており、日本社会のあり方の一つの指針を示していると言えよう。
このように、氏が我が国のボランティア活動を幅広く展開し、社会福祉の進歩、発展に大きく寄与されたその着実な成果は、広く国家社会の等しく認めるところである。


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