巽 友正【京都大学名誉教授】 文化部門

受賞年月

平成21年2月

受賞理由

多年、流体乱流理論の研究に成果を上げると共に、後進の指導育成に尽くせる功績

受賞者の経歴

【所属】
京都大学名誉教授
京都工芸繊維大学元学長・名誉教授
京都市元教育委員
㈶国際高等研究所フェロー
【学位】
理学士(東京大学) 理学博士(京都大学)
【学歴】
昭和17年(1942年)9月 第三高等学校理科(甲類)卒業
昭和20年(1945年)9月 東京大学理学部物理学科卒業
昭和21年(1946年)9月 同大学院(旧制)退学
【職歴】
昭和21年(1946年)10月  京都大学理学部副手
昭和24年(1949年)  4月  京都大学理学部助手
昭和30年(1955年)  1月  同助教授
昭和40年(1965年)  6月  同教授
昭和47年(1972年)11月  京都大学評議員(任期2年)
昭和52年(1977年)  4月  同学生部長(任期1年)
昭和58年(1983年)  4月  同理学部長・評議員・理学研究科長(任期各2年)
昭和61年(1986年)  3月  同定年退官、同名誉教授
昭和61年(1986年)  4月  広島工業大学教授
昭和63年(1988年)  6月  京都工芸繊維大学長
平成  6年(1994年)  5月  同任期満了退官、同名誉教授
平成  6年(1994年)10月  京都市教育委員
平成  6年(1994年)10月  ㈶国際高等研究所副所長
平成  8年(1996年)10月  同顧問
平成  9年(1997年)  4月  同学術参与
平成19年(2007年)  4月  同フェロー
【所属学術団体と役職】
日本物理学会会員
日本流体力学会名誉会員
科学基礎論学会会員
日本学術会議メカニクス・構造研究連絡委員会委員
Bureau Member of the International Union of Theoretical and Applied Mechanics
(国際理論応用力学連合理事)
President of the 1 9th International Congress of Theoretical and Applied Mechanics,
Kyoto 1 996(第19回国際理論応用力学会議、京都1996年、会長)
【主要著書】
[1]巽友正:「乱流」。槇書店、1962、166頁。
[2]巽友正・後藤金英:「流れの安定性理論」。産業図書、1976、275頁。
[3]巽友正:「流体力学」。培風館、1982、453頁。
[4] T. Tatsumi ed.: “Turbulence and Chaotic Phenomena in Fluids.”
North-Holland, 1 984, 556pp.
[5] T. Tatsumi and others ed.: “Recent Studies on Turbulent Phenomena.”
Ass. Sci. Doc. Inf. 1 985, 2 96pp.
[6]巽友正編著:「乱流現象の科学」。東京大学出版会、1986、660頁。
[7]巽友正:「連続体の力学」。岩波書店、1995、33 4頁。
[8]巽友正:「パラドックスとしての流体」。培風館、1996、304頁。
[9] T. Tatsumi and others ed.: “Theoretical and Applied Mechanics 1 996.”North-Holland,
Elsevier Science B. V. 1 997, 623 pp.

受賞者の業績

氏の研究分野は、「流体力学」、なかでも「乱流理論」である。
氏は、戦後間もなく、友近晋教授(京都大学)および今井功教授(東京大学)の指導の下、乱流の理論的研究を始め、後に乱流研究のメッカと言うべき英国ケンブリッジ大学において、G.I.テイラー教授およびG.K.バチュラー教授の薫陶を受け、以来、公職および生涯の課題として乱流研究に取り組んできた。
水と空気で代表される「流体」は、われわれが生存する地球環境にあまねく存在し、われわれ自身を含む生物体の主要な構成要素となっている。そして、「流体」の運動は、多くの場合「乱流」である。
従って、「流体力学」とくに「乱流理論」の研究は、物理学の最重要課題の一つに止まらず、宇宙・惑星空間の開発、各種エネルギーの発生と輸送、地球環境の汚染と浄化、生命・生物体内の循環機能、更に社会経済現象のモデル化など、さまざまな面においてわれわれの実生活と密接な繋がりをもっている。
「流体力学」は古代から長い歴史をもっているが、「現代流体力学」の展開は今世紀の初頭に始まる。そして、今世紀半ばにはすでに「現代流体力学」の基礎的枠組みはほぼ完成し、あとは工学的応用を残すばかりとなっていた。ただ、「乱流」の分野だけは例外で、コルモゴロフの「普遍平衡理論」(1941年)以外は、半経験的理論に過ぎなかった。
しかし、以来半世紀における「乱流」研究の進歩はまことに目覚しい。コロモゴロフ理論を出発点とする各種統計近似理論の提案、高度実験技術による流れの可視化と高次統計量の測定、さらに高精度の乱流の数値シミュレーションの実現によって、「乱流」に関するわれわれの知識は質量共に飛躍的に増大し、他の科学技術分野への応用をもたらした。その一端は、最近の日常会話にまで「ソリトン」、「カオス」、「フラクタル」などの「流体」術後が使われることからも窺える。
この半世紀にわたる「乱流」研究の世界的発展に際して、氏とその共同研究者たちは、「発生理論」と「統計理論」の両面から、「乱流」研究を精力的に推進し、いくつかの新機軸の開発を含む大きな成果を挙げえている。
しかし、世界的にみて、「乱流理論」の現状は、「乱流の統計力学」としての理論的完成には程遠く、あたかも「力学」における「ニュートンの運動法則」の出現の状況にあるとい言われている。そこで、氏は、一つの構想のもとに若手研究者と協力して「乱流」の「確率分布関数」理論の構築をすすめてきた。そして、他の流体力学諸分野と同様、統一的な数学的理論として完成された「流体力学」の展望を拓けることを期している。

氏の教育者としてのスタイルは、京都大学においては、学部生に流体力学・物理数学の講義を行うかたわら、博士課程大学院生とは常に共同研究のスタイルをとりながら密度の濃い研究を行い、最終的にはそれを共著論文として発表させ、後輩の学位論文の指導と研究者としての学位取得へと導いてきた。
一方で、1972年(昭和47年)からは京都大学評議員、1977年(昭和52年)には学生部長、1983年(昭和58年)には理学部長の任にあたり、大学の運営、学生への対応、学部自治=教官自治の正常化にむけて、更には大学経営の健全化に向けてその手腕を発揮してきた。その結果、大学運営が研究者主体の体制になるよう氏の努力が払われ、その成果を得ている。
1988年には、氏は、京都工芸繊維大学の学長に就任し、前学長・福井謙一氏(ノーベル賞受賞者)の後を受けて、ドクターコースの充実をはかり、同大学をして大学院大学としてのトップグループの地位を築いている。具体的には、当時未だタブー視されていた「産学協同」を実践し、産学の共同セミナーの開催や大学の公開講座の実施など、その後の関西の各大学のさきがけとなっている。このことは同大学が文部科学省の地域共同センターとして認められていることからも伺える。
氏は、1994年、(財)国際高等研究所・副所長に就任する。理工系の担当として、関西の有力な現職の教授を招聘し、共同研究班をつくり、研究の活性化と図っている。同時に文部科学省より科学研究費を得て、包括的な研究の推進を図っている。
また、氏は、1994年より8年間、京都市教育委員として、その識見を子弟教育に向けている。具体的には、目標を与えられる教育の姿を提唱し、良い意味におけるエリート教育=社会や世界の為に貢献する人材の育成、の観点から、自治体の公教育における英才教育の復権を唱えている。当時の京都市は、全国平均に比してもその学力の低下が危惧されており、氏の提唱もあり、現在では京都市の公立・中高学校の全国的にも有名となった復権(京都市立「堀川高校の奇跡」等)が果たされている。
氏は、現代の教育について、常に本質を考える教育が必要であると言う。マスプロ教育では、それは不可能であり、国の宝、社会の宝である真の英才が切り捨てられることへの危惧を唱えている。また、近年の大学生の学力低下をも憂いており、今日の普及した教育事情の下、真に社会と人々に貢献する人材の育成、すなわち英才教育という高い目標を持った高等教育のあり方を提唱している。すなわち、次世代に対し、国家的な、世界的な観点からの目標を与えていくことこそ、今後の教育のあり方を示す重要な指針であると提言している。
このように、氏の流体力学とりわけ乱流理論を通じた学術への貢献は顕著であり、更に教育を通じた氏の果たした功績は誠に大きい。

受賞理由

氏は、「流体力学」、とりわけ「乱流理論」の研究に長年従事し、その研究成果は、大気や河川の日常の流れ、地球、惑星、宇宙空間等の自然の流れ、さらには航空機、船舶、ロケット、熱化学反応装置等の人口の流れに至るまで、大きな貢献を果たしている。とりわけ、氏の、乱流の「発生理論」と「統計理論」の両面に亘る研究の推進は、新機軸の開発をもたらし、多くの成果を上げている。
一方、氏は、教育面においても、京都大学をはじめ京都工芸繊維大学、㈶国際高等研究所、等において後進の育成と研究指導を行う傍ら、産学協同セミナー等の先駆的な取り組みを積極的に行ってきている。それは、京都市教育委員としてのその見識にみられたように、社会に貢献する真の英才教育のあり方の提唱や、ひいては、高等教育、成人の研究能力の向上への訴えと一貫している。
このように、氏の「乱流理論」を通じた研究成果の社会に及ぼした貢献は誠に顕著であるとともに、高等教育等における教育・学術における後進の指導とその先駆性は高く評価される。


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