蔡 雪泥【中琉文化経済協会理事長】 国際部門

受賞年月

平成18年2月

受賞理由

多年、台湾での多彩な活動体験に基づき、中琉間における教育、経済、文化等、
発広く国際交流に尽くせる功績

受賞者の経歴

【学歴】
昭和22年(1947) 台北市蓬莱国民学校卒業
昭和26年(1951) 私立靜修女中卒業
昭和33年(1958) 日本伊藤ミシン刺繍研究所高等科卒業
昭和33年(1958) 東京高等服装女学院デザイン科卒業
同          東京高等服装女学院師範科修了
昭和38年(1963) 日本石井刺繍研究所全過程卒業
同          東京文化女子学院洋裁部専攻科卒業
昭和45年(1970) 日本摩登帽子学校婦人帽子本科卒業
同          日本雅麗学園国際手芸学院ヘアードレス専科修了
昭和49年(1974) 日本山野高等美容学校美容大学講座修了
昭和50年(1975) 日本公文数学研究会師範科修了
同          日本国際美容協会卒業(C.A.C.F.)
昭和51年(1976) 日本長谷美容学院修了
昭和53年(1978) 日本近畿大学短期大学部商経科卒業
同          日本明星美容学校美容大学講座修了
平成  3年(1991) 沖縄大学経済学科卒業
平成  9年(1997) アメリカホノルル大学栄誉教育博士学位
【現職】
沖縄県第一号終身ウチナー民間大使
財団法人台北市蔡雪泥公益慈善基金会董事長
功文文化事業(股)公司董事長
財団法人功文文教基金会執行長
中華少年及び児童親職輔導及び才能発展協会理事長
中琉文化経済協会理事長
中華婦女聯合會總會委員
中華婦女聯合會台北市分會常務委員
中華婦女聯合會台北市分會中山區支會主任委員
救國團台北市團務指導委員會指導委員
中琉婦女交流協會理事長
中華功文式教育學會理事長
台北市私立功文成長幼稚園創立者
台北市私立功文保育園・保育中心創立者
功文社區学苑苑長
台北市中山區改善民俗実践會會長
親職文化事業(股)公司常務董事
中華公益團體服務協會常務理事
台北市中山區調解委員會會長
台北市政府市政顧問
【受賞(抜 粋)】
昭和62年(1987) 台北市啓聰学校頒發感謝状
昭和63年(1988) 榮獲法務部頒發「榮譽観護人」奨
平成 元年(1989) 榮獲台北市中山青年聯誼會頒發「造福青年」奨
平成  2年(1990) 當選七十九年全國好人好事代表
平成  3年(1991) 台北市第四屆勞工楷模「金工奨」
平成  4年(1992) 榮獲首屆台北市榮譽市民記念章
平成  4年(1992) 榮獲第二屆績優會員“三等奨”
平成  5年(1993) 第六屆傑出工商婦女 金環奨
平成  6年(1994) 榮獲台北市社會局頒發「熱心公益・推動社會教育活動」奨
平成  7年(1995) 擔任中山區民衆服務社理事長推動為民服務工作績效卓著
平成  8年(1996) 榮膺全國敬軍模範
平成  8年(1996) 推動松江區發展工作功績效卓著
平成  9年(1997) 榮獲教育部呉京部長頒發「熱心賛助舉愛家行動、家庭教育博覧會績優」奨
平成  9年(1997) 當選十五全會代表(国民党)
平成  9年(1997) 八十六年度興公益慈善及推行社會教化事業績優奨
平成  9年(1997) 榮獲1997年中華民國傑出企業領導人金峰奨
平成10年(1998) 榮獲台北市陳水扁市長會頒發「樂善好施」奨
平成11年(1999) 榮獲中山區公所王鴻裕區長頒發「恵我良多功在社區」奨
平成11年(1999) 第二屆全國婦女創業楷模服務類得主
平成11年(1999) 榮獲中琉文化經濟協會彭炳進理事長頒發「才徳威欽」奨
平成11年(1999) 榮獲921地震救済督導會頒發「積極参與台灣九二一地震賑災行動恵澤災區、促進災後重建工作貢獻良多」
平成12年(2000) 榮獲連戰副總統頒贈「熱心公益」奨
平成13年(2001) 榮獲國際職業婦人協會頒贈「熱心参與」奨
平成13年(2001) 乗持關懐社會熱情、致力推動國家公益、造福人群社會
平成13年(2001) 獲日本寛仁親王妃信子殿下頒授「日本紅十字會金色有功勲章」
平成14年(2002) 榮獲内政部頒發九十年度全國性社會團體工作績優評鑑卓著名列優等
平成14年(2002) 第四屆國家公益奨
平成15年(2003) 中山區改善民俗實践九十一年度興公益慈善績優奨
平成15年(2003) 榮獲台中市胡志強市長頒發「嘉恵學子」感謝状
平成15年(2003) 榮獲台北市長馬英九市長頒發「台北市傑出市民」
平成16年(2004) 榮獲台北市長馬英九市長頒發「台北走出去 世界走進來」奨
平成16年(2004) 榮獲天使志工最高榮誉“一等天使奨章”表彰
平成17年(2005) 促進金石國際馬拉松比賽榮獲台北懸政府頒發「鼎力支持熱情賛助」奨
平成17年(2005) 琉球新報社長頒發「促進沖縄與台彎發展交流貢献良多」奨
平成17年(2005) 榮獲台北市長馬英九市長頒發「興改善民俗事宜績效卓著」
平成17年(2005) 中山區改善民俗實践會績優個人表楊(第一名)
平成17年(2005) 中山區改善民俗實践會績優單位表楊(第一名)
平成17年(2005) 中山區調解委員會績優表楊
平成17年(2005) 南投懸林宗男懸長頒發「響應送書香到何投 全國募書活動」感謝状
【功績(国際交流のみ抜粋)】
平成  9年(1997) 台湾と中国両岸特殊教育フォーラム
平成10年(1998) 台湾、北京の経済、科技文化交流座談会を行う
平成11年(1999) 台湾と琉球の青年学術交流会の開催
平成12年(2000) 中琉婦女交流座談会の開催 ・ 琉球華僑総会へ寄付
平成13年(2001) 日本赤十字沖縄県支部へ救急車一台を寄贈
同          沖縄大学へ100万円の奨学金を寄付
平成16年(2004) 沖縄県庁へ社会福祉金200万円寄付
同          台湾小学生琉球遊学団(短期語学留学)の開催
平成17年(2005) 沖縄県宮古島下地中学校に「台湾の森」の記念碑を寄贈
同          台北県金石国際マラソンへ経費寄付
同          琉球華僑総会へ獅子一頭及び龍二頭を寄贈
同          沖縄県人材育成
同          国際交流財団主催県立高校生台湾権集団への経費寄贈
同          台湾、北京両岸フォーラムの開催・台湾、琉球座談会の開催

受賞者の業績

蔡 雪泥氏は1935年(昭和10年)台北市で生まれた。台北市立静修女子高校卒業後、1951年(昭和26年)に日本に留学し、東京文化女子学院に四年間在籍し「洋裁」と「家政」を専攻した。その後も約15年間にわたり、職務をやりくりしながら日台間を往復して家政・洋裁の全般について研鑽に勉めた。また事業の発展に備えて経済、経営、法律も学び続け、1991年(平成3年)に沖縄大学を卒業した。沖縄大学在学中、氏は経営者としての多忙な時間にもかかわらず、週2日の講義を休むことなく確実に出席した。飛行機の旅に疲労を覚えることもあったが、若い学生たちとともに学ぶことで人生をリフレッシュすることになった。学問に対する氏の情熱と熱心さは、学生たちに大きな刺激を与えることになった。
蔡氏は長年にわたり台北市中山女子中、実践家専、文化大学等で家政、服装、美容等の分野で教鞭をとってきた。その経験もあって、1978年(昭和53年)「功文文化事業股■有限公司」を創設した。ところが日本流の公文式教育を台湾の教育事情にマッチさせるには幾多のリフォームを必要とすることがわかってきた。そのために十数年間資金繰りを含めて困難な経営を強いられることになった。幸いにも経営危機を克服して、リフォームは成功し、今日では蔡氏の主導する功文教育を抜きにしては「台湾の教育は語れない」という台湾教育界の評価が定着している。「功文文化事業股■有限公司」は毎年多くの俊才を輩出しており、その累積数は50万人を超えている。功文出身の俊才たちは台湾の教育に刺激を与え、教育のレベルアップにつながっている。また功文出身者の大方が多方面で指導的地位を占めるようになり、社会発展に尽くすようになっている。以上のような経過と成果に対し、台湾政府の内政部から十回もの「績優全国性人民團體奬」の表彰を受けている。
蔡氏は社会福祉や公益にも強い関心を持ち、事業で得た余力の多くをその分野に注ぎ込んでいる。そのために財團法人台北市蔡雪泥公益慈善基金會及び財團法人功文文教基金會を設立し、優秀な学生のみでなく、貧困家庭の子弟、障害児等にも奨学金を提供している。さらに長年にわたり、氏は社会的弱者を気遣い、多くの援助を与えてきた。また各地の要望に応え、救急車及びリハビリバスの寄贈も続けている。寄贈された車両は「雪泥号」と呼ばれており、台湾本島、澎湖、馬祖その他の離島をくまなく走っており、その姿は台湾全土で馴染み深いものとなっている。
蔡氏は台湾と大陸のコミュニティ親職教育学術交流を推進し、両岸に親職教育の重要性を訴えている。2000年より年二回定期的に開催している「海峡■岸家庭建設及親職教育學術検討會」においては、家庭教育に関心を持つ人々が互いに切磋琢磨することにより、和やかな親子関係を育み、家庭教育を実践的に学んでいく機会を提供している。また両岸の親職教育発展のため、氏は不定期的ではあるが、南京と北京に親職教育の論文を発表している。このような両岸における絶大な貢献及び成果に対してアメリカのホノルル大学から名誉教育博士号を授与された。 蔡氏は沖縄をこよなく愛しており、ときには沖縄に移り住んでみたいと思うことさえあるという。氏は沖縄と多方面のかかわりを持ちその貢献を書き尽くすことはできないが、その幾つかについて以下に述べることにする。氏は中琉婦女交流協会を創設、その理事長を務めている。氏は台湾でも中華婦女連合会にかかわっているので、中琉の婦人の架け橋には最もふさわしい人物である。一般婦人の親善交流のみでなく、婦人経営者の業界交流も行っており、それぞれの企業の発展に益することも大きい。また交流の促進のため、台湾の会員は日本語を勉強し、沖縄の会員は中国語を勉強するようになった。
それら、教育活動の一環として、毎年自ら訪問団を率いて沖縄各地の人々と交流を続けているが、2003年からは沖縄での夏休みキャンプを主催し、九歳以上の台湾の子供たちに沖縄の生活体験と日本語を学ぶ場を提供している。また沖縄に住む華僑の第三世代の子供たちが中国語を殆ど理解できないことを深く憂慮し、教材や資金を提供して中国語教育を促進している。2003年から中文研修クラスをスタートさせ学習成果発表などを行うにつれ、多くの華僑新世代が中国語を理解できるようになってきた。
また福祉活動の一環として2001年10月、沖縄赤十字社に高額の救急車を寄贈した。日本赤十字社名誉副総裁の寛人親王妃殿下は日本赤十字社金色有功勲章を氏に授けて仁道および博愛の精神を表彰した。
氏は現在、沖縄県第一号終身ウチナー民間大使及び中琉文化経済協会理事長の要職にあり、沖縄の政界、財界、そして民間の中琉交流のために年間を通して活躍していることは中琉間によく知られている。

授賞理由

蔡 雪泥女史は、台湾の裕福な家庭に生まれ台湾の高校を卒業後、日本へ留学すること7年。さらに、職務のかたわら、15年の永きに亘って高度な教育と技芸の研鑽に務めた。その結果、トランスナショナルな国際人としての感性を高めるに至り、然も、その活動に当たっては、常に日本、NIES、アセアン、中国大陸とのかかわりに配慮している。
女史は、台湾の経済発展に関して、「台湾経験」というタイトルの論文を発表した。その中で、発展を持続させるには社会のバランスを崩さないこと、格差を抑えること、歪みを少なくすること等が重要であると述べている。また、台湾は権威主義体制であったが施策は肯定できるとも述べている。
その後の女史の事業にも「台湾経験」のスピリットが貫かれているのは明白である。現在、女史はそのキャリアと体験を活用し、沖縄県第一号終身民間大使として、沖縄の教育の向上、経済の振興、更には、文化や福祉活動等に精力的に広く取り組んでいる。その数々の功績と共に、中琉文化経済協会の理事長として、中琉都市間の交流促進に貢献してきた業績は顕著である。また、那覇市、浦添市、宮古島市等が交流協定を準備中で、なかでも宮古島市と基隆市の間で準備中のヨット・レースは、将来国際的なイベントに発展するものと期待されている。同時に地域の復権が進展する中で、台湾と沖縄間で経済連携協定が結ばれる日もそう遠くはないかもしれない。
21世紀はアジアが世界史に再登場し(リオリエント)、世界史を方向づけることになる(オリエンテーション)と予測され注視されている。女史のような人物の活躍が望まれる所以である。


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