「森里海連環による有明海再生への道」(花乱社刊)出版のご紹介

平成25年度アカデミア賞(文化・社会部門)受賞者で、本会会員 京都大学名誉教授 田中 克先生の企画・監修による「森里海連環による有明海再生への道」が、この7月下旬に花乱社から出版される予定です。
本書の購入を希望される方は、NPO法人SPERA森里海・時代を拓く(speramorisatoumi@gmail.com)へお問い合わせください。

「森里海連環による有明海再生への道」発行チラシ


【森里海連環にご支援をいただいている皆さま 】

平成26年6月25日 田中 克

拝啓
季節は巡り、梅雨の盛期を迎えました。最近は、どこでも突発的な集中豪雨が発生する可能性は気になるところですが、森里海連環への思いが深まるにつけ、梅雨の“鬱陶しさ”は消え去り、生き物にとって恵みの季節であることに感謝する気持ちでおります。4月に竣工しました舞根森里海研究所から、初夏のようなさわやかな風の心地よさを肌で感じ、舞根湾のこの上なく豊な絶景を前に、遠く九州有明海のことに思いを馳せながら、連絡させていただいております。

「森は海の恋人」運動も震災後の激動の三年間を終え、国内外の多くの皆さんの物心両面にわたるご支援と復興を乗り越えてその先の持続可能社会を開こうとの思いが結びあい、全体として震災復興が思うように進まない中で、ここでは、あらゆることが同時連携的に進められ、世界に示し得る一つのモデルとして、理念の普及と実践が展開されています。この春以降は、念願の「舞根森里海研究所」の竣工(4月26日)、新たな四半世紀のスタートとなりました第26回森は海の恋人植樹祭(6月1日)、さらには第41回環境賞における審査員特別表彰(6月11日)など、お目出たいことが続いています。しかし、東北全体を見渡しますと、巨大防潮堤計画が森と海のつながりやそれに支えられた養殖業・沿岸漁業の将来に大きな影を投げかける現実に心を痛める日々でもあります。

気仙沼舞根湾における森から海までの「気仙沼舞根湾調査」研究チーム発足の母体になりました「瀕死の海、有明海の再生-森里海連環の視点と統合学による提言」(2011年度~2013年度、三井物産環境基金助成)に関する研究は、西の(九州の)“森は海の恋人”運動と“森里海連環学”の連携として取り組まれてきました。この度、その4年間のまとめの本「森里海連環による有明海の再生-心に森を育む」(花乱社)を、この研究の中で柳川市の古くからの旅館「さいふや」に集まる多様な皆さんの思いが結びあって、自然発生的に誕生しましたNPO法人「SPERA森里海・時代を拓く」の編集として出版する運びに至りました。

有明海は世界的にも類まれな生物生産(漁業生産)に恵まれた“宝の海”と呼ばれ、また、我が国ではこの海にしか生息しない多くの不思議な特産種(多くは、氷河期の遺産)に恵まれた生物多様性の宝庫でもありました。しかし、この間の様々な環境改変が集中した結果、異変の海から瀕死の海へと落ち込んでいます。今では絶滅危惧種に指定されたニホンウナギも、かつては泥干潟をカギの付いた棒で掻くだけで沢山獲れたほどの海でした。かつては9万トン(現在の日本全体の総漁獲量は3万トン余りです)も取れていたアサリがいまでは数千トンに激減し、このままでは絶滅の危機を迎えかねない深刻な事態に至っています。それは、文化としての“潮干狩り”の絶滅にもつながりつつあります。このような深刻な事態にいたらしめたのは、今焦点の諫早湾潮受け堤防設置と湾奥部の広大な泥干潟の埋め立て、福岡都市圏の水不足を解消するための筑後大堰の設置による大量の取水、さらには20世紀後半の半世紀にわたって膨大な砂を筑後川河川敷から持ち出し続けたことが、三大原因と指摘できます。問題は、これら個々の問題の中で何が一番の主原因かを議論することではなく、それらに共通の本質は何かを見定めることではないかと考えられます。それは、まさに森と海の人為的な断絶そのものだと言えます。有明海は、周囲を雲仙岳、太良山系、脊振山系、九重・阿蘇山系に囲まれ、九州最大の“筑紫次郎”こと筑後川が湾奥にながれ込む、典型的な“森は海の恋人/森里海連環の世界”なのです。しかし、このような自明の理をこれまで誰も指摘することなく、それの基づいた再生への取り組みがなされてこなかったことが、今日の深刻な事態をもたらした最大の原因と思われます。

有明海では、ニホンウナギばかりでなく、アサリを始めタイラギやアゲマキなどほとんど貝類も激減しています。それは有明海のみではなく、我が国沿岸域に共通して起こっている現象です。有明海が殊のほか関心を集めるのは、ムツゴロウのようなアイドル的生き物が生息していること、多くの国民の反対を押し切って、最後は“命を守る潮受け堤防”として強行的に建設が断行され、“ギロチン”と呼ばれた衝撃的な鉄板による遮断が儀式的に行われた記憶によると思われます。また、最近では、法治国家の根底を崩すような、司法を巻き込んで出口の見えない混迷の泥沼に落ち込み、極めて深刻な事態に至っていることも関心の的になっています。そして、その歴史の教訓に学ぶことなく、東北太平洋沿岸域のほとんどすべての浜、総延長370kmにもわたり、“命を守る”名目で巨大なコンクリートの防潮堤が強行的に建設されようとしています。海の見えない地区の方より防潮堤などなく海を見ながら暮らしていた地区の方が、犠牲者がはるかに少なかったという統計的調査結果(河北新報)が出されたように、三陸の漁村をシ―カヤックで巡る(海遍路・東北)と、どこでも海と共に生きる人々は異口同音に、同じことを語ります。

本書は、有明海のもつれにもつれた糸を解きほぐし、有明海を再生に向かわせるには、森は海の恋人ならびに森里海連環の理念に基づいて、私達自身、とりわけこれからの時代を担う若者の“心に森を育む”ことこそ根幹であるとの、有明海再生の“シナリオ”を提言したものです。それは、ここまで自然を壊し続けてきた今を生きる私達の、続く世代にたいする責務であるとの思いでもあります。九州ではまだまだその取り組みは緒に着いた(第1幕)ばかりですが、世代を越えた多様な人々が繋がり合い、第2幕、第3幕へと、確かな歩みを続け始めています。

有明海問題は、日本の端九州の特異な一内湾の特殊な問題ではなく、まさに、我が国沿岸環境と沿岸漁業再生の試金石であり、この海を再生させることなしには、日本の沿岸域の再生はあり得ないと言えます。ウナギやアサリが消え去る海をそのままにして、続く世代に豊かな未来はあるかとの問題提起でもあります。震災の海では蘇った湿地や干潟的環境にはニホンウナギやアサリが現れています。蘇る海と生き物たちのメッセージは明確に、私たちの進むべき道を示しています。多少は“我田引水”のそしりは覚悟の上で、本書が九州以外、とりわけ東京周辺の皆さんに読んでいただくことを切に願っております。国が本気にならない限り、この海の再生はあり得ないとの思いです。

本書を、いろいろな形で社会に広げたいとの思いで、連絡させていただいたしだいです。
どうぞ、よろしくお願い申し上げます。
敬具

 


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