黒田玲子【東京理科大学教授・東京大学名誉教授】 文化部門

 

受賞年月

平成27年2月

受賞理由

自然界に広く現れる左右性現象への分子構造の左右性(キラリティー)の関与の解明をはじめ、生命科学分野における数々の功績。

受賞者の経歴

【主な職業】
東京理科大学総合研究機構教授
東京大学名誉教授

【学  歴】
1970(昭和45)年 お茶の水女子大学理学部化学科卒業
1975(昭和50)年 東京大学大学院理学系研究科博士専門課程修了

【学位・称号】
理学博士 1975年東京大学 

【経  歴】
1975(昭和50)年  6月 英国ロンドン大学キングスカレッジ・化学科 Research Associate
1981(昭和56)年  6月 同 生物物理学科 Research Associate、Research Fellow
1981(昭和56)年 11月 同 生物物理学科 Honorary Lecturer
1985(昭和60)年  4月 英国がん研究所 Non-clinical Senior Staff Scientist 兼ロンドン大学キングスカレッジ 生物物理学科 Honorary Lecturer
1986(昭和61)年 4月 東京大学教養学部化学教室助教授・大学院理学系研究科生物化学専攻助教授併任
1992(平成  4)年 4月~2012(平成 24)年 3月  同学部同教室教授・同大学院同専攻教授併任
1996(平成  8)年 4月~2012(平成 24)年 3月 東京大学大学院総合文化研究科 教授
2003(平成15)年 4月~2007(平成 19)年 3月 東京大学総長特任補佐
2007(平成19)年 4月~2010(平成 22)年 3月 東京大学科学技術インタープリター養成プログラム代表(JST振興調整費)
2007(平成19)年 4月~2011(平成 23)年 3月 東京大学経営協議会委員
2008(平成20)年4月~2010(平成 22)年 3月 東京大学大学院総合文化研究科長特任補佐・顧問
2010(平成22)年 4月~2012(平成 24)年 3月 東京大学教養学部附属教養教育高度化機構科学技術インタープリター養成部門長兼任
2012(平成 24)年 4月~(現在) 同大同機構同部門非常勤講師
2012(平成 24)年 4月~(現在) 東京理科大学総合研究機構教授
2012(平成 24)年 6月~(現在) 東京大学名誉教授
【この間学外で】
1999(平成 11)年10月 JST ERATO黒田カイロモルフォロジープロジェクト総括責任
2004(平成 16)年10月 ERATO-SORST同チーム研究総括(~2010年.3月)
2001(平成 13)年  1月 内閣府総合科学技術会議議員(非常勤)(~2007年1月)
2004(平成 16)年  3月 HFSP(ヒューマンフロンティアサイエンスプログラム) 科学者会議副議長 (フランス)(~2008年3月)2006(平成 18)年  5月 Board of Governor, Cambridge Crystallographic Data Centre (英国)(~2014年5月)
2008(平成 20)年  8月 日本学術会議第3部会員(~2014年9月)
2006(平成 18)年   Scientific Advisory Board, Molecular Frontiers(スエーデン)(~現在)
2007(平成 19)年  8月 内閣府男女共同参画連携推進会議有識者議員(~2013年3月)
2008(平成 20)年10月 ICSU(国際科学会議)副会長(~2011年9月)
2013(平成 25)年10月 Scientific Advisory Board to the United Nations Secretary General(~現在)
2014(平成 26)年11月 Fellow, TWAS (The World Academy of Science for the advancement of science in developing countries)(イタリア)(~現在)
【現在】
ウブントRCE審査委員、東北大学経営協議会・総合研究大学院大学経営協議会委員、日本ユネスコ国内委員会委員、ソニー教育財団・古岡奨学会・才能開発教育研究財団・セコム科学技術振興財団、山科鳥類研究所・ベルマーク教育助成財団・三菱財団の理事、中山人間科学振興財団・NEC C&C財団・日産科学財団・東京財団の評議員、本田財団フェロー、日本産学フォーラム幹事等。
【これまでに】
EU EURYIグラント評価委員(ベルギー)、科学技術庁顧問、経済産業省参与、総理府教育改革国民会議議員、文部省大学審議会・科学技術庁航空電子等技術審議会・特許庁工業所有権審議会・通商産業省産業技術審議会・総務省政策評価・独立行政法人評価委員会・文部科学省中央教育審議会・日本ユネスコ国内委員会・JST社会技術研究開発センター運営協議会・JSPS特別研究員等企画委員会・JST 科学コミュニケーション推進会議・環境庁環境と社会懇談会・総理府21世紀構想日本懇談会第4分科会・科学技術庁21世紀の科学技術に関する懇談会・日本放送協会中央番組審議会・埼玉県科学技術会議・千葉県科学会議・虎の門病院倫理審査委員会・厚生省中央遺伝子治療臨床研究委員会・沖縄大学院大学国際諮問委員会の委員、国立遺伝学研究所評議員、資生堂社外監査役等を歴任 

【過去における表彰】
1993(平成  5)年 第13回猿橋賞
1994(平成  6)年 第1回日産科学賞
2003(平成15)年 モレキュラー・キラリティー・アワード
2004(平成16)年 第4回山﨑貞一賞
2006(平成18)年 中国四川省四川大学名誉教授
2009(平成21)年 文部科学大臣表彰(研究部門)
2009(平成21)年 スエーデン チャルマーズ工科大学名誉博士号
2009(平成21)年 スエーデン王立科学アカデミー外国人会員
2013(平成 25)年 ロレアル―ユネスコ女性科学賞
2014(平成26)年 向井賞
2014(平成26)年 男女共同参画社会作り功労者内閣総理大臣表彰

【主要著書・論文】
「原著英文論文315報 うち11篇を以下に記す」
(9)   Solid-state Circular Dichroism Spectra of Tris(diamine)cobalt(III) Complexes: Decomposition into E and A2 Components. R. Kuroda and Y. Saito. Bull. Chem. Soc. Japan, 49, 433 (1976).
(29)  Crystal Structure of Dextrorotatory and Racemic Sodium Ammonium Tartrate. R. Kuroda and S.F. Mason. J. Chem. Soc. Dalton Trans., 1268 (1981).
(35)  Chiral Discriminations. An extended transition monopole model. R. Kuroda, S.F. Mason, C.D. Rodger and R.H. Seal, Mol. Phys., 42, 33 (1981).
(100) Chiral Discriminations and Crystal Packing. Two Diastereomeric Compounds Involving Complex Ions of D3 Symmetry, Tris(ethylenediamine)cobalt(III) and Tris(oxalato)rhodate(III). R. Kuroda. Inorg Chem., 30, 4954 (1991).
(146) A solid-state dedicated circular dichroism spectrophotometer: Development and application. R. Kuroda, T. Harada and Y. Shindo. Review of Scientific Instruments, 72, 3802 (2001).
(176) Body Handedness is Directed by Genetically-Determined Cytoskeletal Dynamics in the Early Embryo. Y. Shibazaki, M, Shimizu and R. Kuroda, Current Biology, 14,1462 (2004)
(236) Chain-Terminus Triggered Chiral Memory in an Optically Inactive 310 Helical Peptide.          N. Ousaka, Y. Inai, R. Kuroda. J. Am. Chem. Soc., 130, 12266 (2008).
(263) Chiral blastomere arrangement dictates zygotic left-right asymmetry pathway in snails. R. Kuroda, B. Endo, M. Abe and M. Shimizu, Nature, 462, 790 (2009).
(279) CD measurements of b-amyloid (1-40) and (1-42) in the condensed phase,T. Harada and R. Kuroda, Biopolymers, 95, 127 (2011)
(286) Controlling stereoselectivity of solid-state photoreactions by co-crystal formation R. Sekiya and R. Kuroda, Chem. Comm., 47, 10097 (2011).
(313) How a single gene twists a snail, R. Kuroda, Integrative and Comparative Biology,e54, 677 (2014).
「英文総説:8編 うち6編を記す」
(3) Solid-State CD: Application to Inorganic and Organic Chemistry. R. Kuroda, Chapter 6 p.159-184 (2000). “Circular Dichroism: Principles and Applications,” Second Edition, Edited by N. Berova, K. Nakanishi and R. W. Woody John Willey & Sons. Inc.
(4) Circular Dichroism of Inorganic Complexes: Interpretation and Applications. R. Kuroda and Y. Saito, Chapter 20 p.563-599 (2000). ibid.
(5) Chirality and Achirality in Life. R. Kuroda, “Symmetry”, Wenner-Gren International Series, edt. I. Hargitti, T.C. Laurent, Portland Press. 279-294 (2002).
(6) Circular Dichroism in the Solid State. R. Kuroda, “Chiral Photochemistry”, 385-414, edt. by Y. Inoue/V. Ramamurthy, Marcel Dekker, Inc. (2004).
(7) Chirality in Crystals, R. Kuroda, in Engineering of Crystalline Materials Properties, 251-270,J.J. Novoa et al (eds.) Springer (2008).
(8) Solid-state Chiroptical Spectroscopy. Principles and Applications. R. Kuroda and T. Harada, 91-114 in “Comprehensive Chiroptical Spectroscopy”, Ed.N. Berova, P. Polavarapu, K. Nakanishi, R.W. Woody, Wiley, New Jersey (2012).
「和文総説 17編 うち1編を記す」
(12)「アミロイドーシス関連タンパク質の凝集過程」『揺らぎと生体機能』MedicalBio  (2010)
「一般向け著書」
『生命世界の非対称性』中公新書 中央公論社 (1992).
『科学を育む』 中公新書 中央公論新社 (2002)
「分担執筆」
・「社会の中の科学・科学にとっての社会」p. 221-252,『日本人の科学』現代日本文化論13(河合隼雄・佐藤文隆編)岩波書店 (1996)
・「分子と生命」p.171-197,『化学のすすめ 21世紀学問のすすめ6』(濱口宏夫・黒田玲子・永田敬編)筑摩書房(分担執筆)(1997)
・Fascinated by Chirality’, p.161-180, “My life”, Uchida Rokakuho  (2001)
・「科学技術と社会、-なぜ対話が必要なのか」第1章p.1-48,『社会人のための東大科学講座』編集および分担執筆 講談社 (2008)
・「医療の進歩と社会-科学技術インタープリターの観点から,」p. 139-164,『脳と心はどこまで科学でわかるか』(石浦 章一, 黒田 玲子, 山科 直子編)南山堂 ( 2009)
・「キラリティーに魅せられて」p.87-91『女性科学者に一条の光を-猿橋賞30周年の軌跡』ドメス出版 (2010)
・「科学技術と「時間軸と空間軸」,「ヒトと人」,「ローカルとグローバル」の視点」p. 99-111,『科学技術と知の精神文化』丸善プラネット (2011)
・「巻貝の右巻・左巻はどうやって決まるのか?」黒田玲子・清水美穂著p.69-95,『生命科学未解決問題』 石浦章一編 西村書店(2011) など
「訳書」
『教養の化学』東京化学同人、1-522(1989), (原著:Chemistry in Perspective, J.R. Mohrig and W.C. Child, Jr., Allyn and Bacon, 1987).
『ゆかいな生物学』マグロウヒル、1-340(1991),(原著:Professor Farnsworth’s Explanation in Biology, F.H. Heppner, McGraw-Hill, Inc. 1990)
『マイケル ファラデー』東京化学同人(千原秀昭と共訳)(1995)(原著:Michael Faraday and the Royal Institution, John M. Thomas, IOP Publishing Lt. (1991)
『タンパク質:立体構造と医療への応用』東京化学同人(1995) (原著:M. Perutz, Protein Structure, New Approaches to Disease and Therapy, W.H. Freeman & Co Ltd.. 1992)

受賞者の業績

氏の主な業績は以下のとおりである。

自然界には、右手と左手のように鏡像と実像が別のものであるキラリティー(左右非対称性)と呼ばれる現象がある。電磁波、分子構造、結晶、生物個体など、ミクロレベル、マクロレベル、生命世界、物質世界に普遍的に存在する基本的な現象である。生命世界は、DNA/RNAが右型の糖(デオキシリボース、リボース)のみ、たんぱく質が左型のアミノ酸のみから構築されており、分子レベルにおいてはキラリティーが完全に偏っている。これは細菌、動物、植物等、地球上の全生命体に共通しており、キラリティーは生命科学において特に重要である。たとえば、分子が右型か左型かにより、生命体への作用は大きく異なり、医薬品の薬効・副作用、味、香りの違いなどとして現れる。右型、左型の分子は、鏡像と実像の関係にあり性質が酷似しているため、右型、左型の一方の分子だけを簡便に得る方法は、産業界においても大きな課題である。また、キラリティーの選択は、約38億年前、地球上での生命誕生の謎の鍵を握るものである。
黒田氏はキラリティーに着目し、いまだ明らかにされていない、分子からマクロな構造体の形成過程を、キラリティーを切り口に調べ、ミクロとマクロの世界のつながりを明らかにする研究をChiromorphology (カイロモルフォロジー)研究と命名し推進した。物質化学(分子から超分子・分子凝集体・結晶が構築される過程)および生命科学(遺伝子・タンパク質から、器官、生物個体の左右形態形成過程)の両面で研究している。金属錯体、有機化合物の結晶状態のキラリティー認識の研究を40年前から世界に先駆けて行い、この分野の世界的リーダーである。その成果は、右型・左型分子の簡便な識別・分別法の開発、新しい固相反応経路の開発に、生命誕生時のキラリティー選択プロセスの仮説にもつながるものである。また、固体状態のキラリティー研究には市販の測定装置が使用できないために、キラルな電磁波を使う分光計も自ら設計・開発し、特許も取得している。その装置を使い、氏は物質(たとえばアルツハイマー病原因たんぱく質)の凝集過程を、キラリティー情報から明らかにする研究に展開した。さらに、生物個体のボディプランのキラリティーに関する研究においても、最近、大きなインパクトを与える成果をだした。
以下、代表的項目について簡単に説明する。
固体化学の研究
化学分野では、キラリティー認識が強く働く固体状態に着目し、溶液とは異なったユニークな固体キラル化学を展開した。例を挙げれば、キラル識別能力を持った超分子結晶の生成とそれを利用したアルコールの左右の容易な分割、元の結晶構造の記憶を持つことにより、溶液状態とは異なるユニークな固相状態でのキラリティーの識別・転写・増幅・創製の達成、結晶構造の影響下での、溶液反応とは異なる固相反応の立体化学とその制御などである。
凝集状態測定のためのキラル分光計および測定法の開発と応用
これら固体(凝集)状態の研究に不可欠なツールであるキラル分光計も開発した。市販の装置では巨視的異方性故に、固体状態の測定が不可能なためである。
一軸性単結晶と粉末結晶のキラルスペクトルを組み合わせることで、巨視的異方性の影響なく、D3型金属錯体のd-d遷移のE, A2バンドの帰属と旋光強度の実測ができることを1975年に世界で初めて報告したが、この際に開発したレンズを2枚組み合わせ焦点に単結晶を置く方法や、粉末結晶のスペクトルをKBr disc, nujol mullで測定する方法は、現在、世界中の研究者が日常的に使用している。
さらに、結晶一般、液晶、フィルムなど巨視的異方性のある試料も測定できる分光計Universal Chiroptical Spectrophotometer(UCS-1)を発案し、日本分光と共同製作した。コンピュータ制御による試料回転機構や、試料の表面と裏面測定を可能とする機構、集光レンズ1対, 50kHz,100kHzの2台のロックインアンプ、検光子などを搭載しており、すべての偏光現象(円二色性(CD)、円複屈折(CB = 旋光分散(ORD)、直線二色性(LD)、直線複屈折(LB))を測定し、特殊条件で測定したスペクトルの演算により、偽の信号の混入しない真のキラリティー測定を可能とした。
液晶や生体に近い状態での生体物質など流動性試料を重力の影響なしに測定できるように、試料を水平に保持する垂直型UCS-2/3も開発した。透過CDのほかにin-tact測定のために拡散反射CDの測定も可能なように設計し、光電子増倍管を2台搭載している。これらの新分光計を使い多くの知見を得、世界トップのキラル分光センターとして、国内外との共同研究も展開している。アルツハイマー病原因たんぱく質のb-アミロイドの凝集過程の研究にも展開した。現在、異方性による偽の信号除去過程が不要、波長スキャン不要、白色光で高速スキャンする全く新しい概念のマルチチャネルキラル分光計の開発も行っており、対米特許も取得した。
一個の遺伝子が決める巻貝の巻型 初期胚の細胞の物理的位置関係が鍵
巻貝の巻き型は、母親の一個のいまだ未知の巻型決定遺伝子で、胚発生の早い段階で決まる。右巻、左巻貝の胚の細胞分裂(卵割)は鏡像対称に進むと世界中の教科書に書かれていたが、実は4細胞が8細胞になる第3卵割期にその鏡像対称は崩れ(優性右巻きのみに螺旋型変形SD(Spiral Deformation), 紡錘体の傾きSI(Spindle Inclination)が収縮環出現前から現れる)、この時期の細胞骨格系ダイナミクスこそが、1世紀にわたり探求されている巻型決定遺伝子の働きに直接に関連していることを見出した (Current Biol., 2004年、Dispatchで紹介、雑誌の表紙に採用、Science誌オンラインで紹介される)。
さらに、この第3卵割期の胚の位置関係を物理的操作で意図的に左右逆転させると、ヒトを含め多くの動物の体の左右決定にかかわるnodal, pitx遺伝子の発現場所が左右逆転し鏡に映した形の生物個体が誕生すること、その子供は遺伝子に則った本来の巻型に戻ることを実証した。初期胚の細胞のキラルな位置関係が重要で、遺伝子操作することなく生物個体の形態の左右を変えることができた意義は大きい(Nature 2009, News & Viewsで紹介される)。
そのほかの業績
科学と社会のよりよい関係の構築、科学技術政策、環境問題にも貢献し、東京大学大学院に副専攻を創設、国際科学会議の副会長を務めた。現在、国連事務総長の科学諮問委員、TWASのFellowなどとしても活躍している。


ページ上部へ