松田 治氏【広島大学名誉教授】 文化・社会部門

 

受賞年月

令和2年2月

受賞理由

氏は、瀬戸内海の物質循環や環境保全に関する研究を展開して、地元主導で”豊かな海“を地域に実現する里海の概念と里海づくりの実践活動を日本国内で推進し、地域振興や持続的循環型社会の形成に寄与するとともに、里海をSatoumiとして国際展開を図り、日本の伝統的文化を端緒にする新たな沿岸域管理手法を国際的に広めるなど、数々の功績。

受賞者の経歴

【主な職業】
広島大学名誉教授
NPO法人 里海づくり研究会議 理事長
公益財団法人 国際エメックスセンター 副理事長
NPO法人 瀬戸内海研究会議 顧問

【学  歴】
1968(昭和43)年  3月 東京大学農学部水産学科卒業
1970(昭和45)年  3月 東京大学大学院農学系研究科水産学専攻修士課程修了
1971(昭和46)年 11月  東京大学大学院農学系研究科博士課程水産学専攻中途退学

【学位・称号】
東京大学農学博士

【経  歴】
1971(昭和 46)年 11月 広島大学水畜産学部助手
1980(昭和 55)年 4月 広島大学生物生産学部助教授
1983(昭和 58)年 11月 第25次南極地域観測隊越冬隊(~1985年3月)
(国際BIOMASSプロジェクト)
1990(平成  2)年 11月 広島大学生物生産学部教授
2002(平成 14)年  4月 広島大学生物圏科学研究科教授
2003(平成 15)年  3月 広島大学退職
2003(平成 15)年  4月 広島大学名誉教授
2003(平成 15)年  4月 科学技術振興機構(JST)地域結集型共同研究事業
「閉鎖性海域の環境創生プロジェクト」新技術エージェント
2003(平成 15)年  8月  瀬戸内海研究会議 会長(現在は同研究会議顧問)
2015(平成 27)年  6月  公益財団法人 国際エメックスセンター 副理事長
2016(平成 28)年  1月  NPO法人 里海づくり研究会議 理事長(現在に至る。)

【学会活動等】
日本水産学会、日本海洋学会、日本プランクトン学会、日本海洋政策学会、瀬戸内海研究会議等へ所属、日本水産学会評議員、日本プランクトン学会評議員、日本水産学会環境保全委員会員、日本海洋学会沿岸部会委員、日本学術会議海洋科学連絡委員会委員、「海洋政策研究」編集委員、瀬戸内海研究会議会長等を歴任。

【公的委員会活動等】
中央環境審議会(瀬戸内海部会委員、同部会企画専門委員会委員長、水環境部会委員、総量規制基準専門委員会委員、水生生物保全環境基準類型指定専門委員会委員)、環境省有明海・八代海水環境調査検討委員会委員、環境省有明海等浅海域定量評価手法検討委員会委員、環境省養殖負荷算定手法検討会委員、環境省里海創生支援検討会委員、環境省海域の物質循環健全化計画統括検討委員会委員長、環境省環境技術実証事業WG 委員、文部科学省南極観測事業計画検討委員会委員、文部科学省東北マリンサイエンス拠点委員会座長、日本学術振興会科学研究費委員会委員、日本学術振興会拠点大学交流事業評価委員、大学評価・学位授与機構学位審査会専門委員、農林水産省有明海ノリ不作等対策「第3者委員会」委員、農林水産省生物多様性戦略検討会委員、農林水産省農林水産アドバイザリー会議委員、水産庁「海洋・沿岸における水産環境整備のあり方検討会」委員、総合海洋政策本部:第3次海洋基本計画策定基本計画委員会・海洋環境PT(Project Team)委員、(独)水産総合研究センター藻場干潟炭素吸収能検討委員会委員、(独)水産総合研究センター瀬戸内海区水産研究所運営会議委員、(独)水産大学校外部評価委員、(財)環日本海環境協力センター評議員、同センター赤潮/HAB調査検討委員会委員、(公財)国際エメックスセンター理事・科学政策委員、(財)日本水産資源保護協会:環境保全型養殖検討会委員、水産用水基準検討協議会委員、広域レベル漁場環境保全方策検討委員会委員、全漁連:多面的機能委員会、(財)海洋政策研究財団総合的海洋政策研究委員会委員、広島県環境審議会委員(会長代理、生活環境部会長)、広島県環境影響評価技術審査委員会部会長、広島県漁場環境保全等対策委員会委員長、広島県研究開発推進会議委員、広島海区漁業調整委員会員、広島湾再生推進会議アドバイサリーボード委員、愛知県水産試験場研究評価委員会委員、愛媛県農林水産関係試験研究課題評価専門部会委員、香川県かがわ里海づくり協議会アドバイサー、東広島市環境審議会委員、志摩市里海創生推進協議会委員、UNEP-NOWPAP(北西太平洋行動計画)expert、国連大学「里山里海SGA(Sub-global Assessment)」クラスター共同議長、その他を歴任または在任中.

【教育研究等】
京都大学、東京大学、神戸大学、兵庫県立大学等の非常勤講師、(独)産業技術総合研究所(AIST)研究顧問、(財)海洋政策研究財団(OPRF)特別研究員、海洋政策研究所(OPRI)客員研究員、その他を歴任.

【JICA国際協力】
専門家派遣:タイ2回(沿岸海域の富栄養化制御とモニタリング)、エルサルバドル 2回(閉鎖性内湾の資源環境管理)、JICA特別研修コース:「沿岸海域の環境管理」コース・リーダーその他

【過去における表彰】
2003(平成15)年10月 環境大臣表彰(瀬戸内海環境保全の推進)

主要著書・論文等

【著書(最近の主要10冊を掲載)】
①Coasts and Estuaries, The Future, Elsevier, 2019, 共著.

②沿岸域総合管理入門 豊かな海と人の共生を目指して、東海大学出版会,2016,共著.
③Connectivity of Hills, Human and Oceans, Challenge to Improvement of Watershed and Coastal Environments, Kyoto University Press, 2014, 共著.
SatoyamaSatoumi Ecosystems and Human Well-Being,United Nations University Press, 2012,共著.
⑤The Dilemma of Boundaries-Toward a New Concept of Catchment, Springer, 2012, 共著.
⑥「里海」としての沿岸域の新たな利用,恒星社厚生閣,2010,共著.
⑦Asia Pacific Coasts and Their Management, States of Environment,Springer, 2008,共著.
⑧瀬戸内海を里海に-新たな視点による再生方策-,恒星社厚生閣,2007,編著.
⑨森里海連環学-森から海までの統合的管理を目指して-,京都大学学術出版会,2007,共著.
⑩海洋問題入門-海洋の総合的管理を学ぶ-,丸善,2007,共著.

【論文・報告など(2019年-2005年の115編のうちの15編を掲載)】
①藻場・干潟の望ましい保全のあり方,水産工学,Vol.55. 41-49,2019.
②New Direction of Management Policies in the Seto Inland Sea, Japan, in a Changing Environment,水研機構研報,No.49,9-15,2019.
③「里海」生誕20周年を迎えて~これまでの進展とこれからの展望~,アクアネット、8月号(隔月連載「沿岸環境の再生と機能回復」第82回),62-67, 2018.
④「里海づくり」に果たす漁業関係者の役割,農中総研「調査と情報」,67号,34-35, 2018.
⑤国際的視点から見た里海概念,水環境学会誌,Vol.40,381-384,2017.
⑥豊かな瀬戸内海へ,瀬戸内海基本計画の大幅変更が閣議決定~これからの豊かな海づくりにどう活かすか~,豊かな海,36:7-12,2015.
⑦水産環境整備の必要性について,漁港漁場漁村研報,37:16-22、2015.
Satoumi(里海)は国際的にどのように捉えられているか?, 日本水産学会誌,79 (6),1027-1029,2013.
⑨瀬戸内海における今後の目指すべき将来像と環境保全・再生のあり方,瀬戸内海,No 65,4-8,2013.
⑩Towards Satoumi in Ago Bay, CBD technical Series No. 61, Biological and Cultural Diversity in Coastal Communities; Exploring the Potential of Satoumi for Implementing the Ecosystem Approach in the Japanese Archipelago, 62-69, 2011.
⑪「里海づくり」をめぐる最近の動きと沿岸域の総合的管理,日本海水学会誌,65: 199-209, 2011.
⑫海域の物質循環健全化計画,用水と廃水,Vol. 53, No. 1, 51-58, 2011.
⑬Recent Attempt towards Environmental Restoration of Enclosed Coastal Seas: Ago Bay Restoration Project Based on the New Concept of Sato-Umi,水産総合研究センター研究報告, Vol. 29, 9-18, 2010.
⑭里海について-人と海とのつながり-,国立公園 No 675, 9-12, 2009.
⑮瀬戸内海の新たな再生方策としての「里海」づくり,学術の動向,2008-6,15-23, 2008.

【国内における講演、発表など(2019年-2005年の141件のうち20件を掲載)】
①瀬戸内海の環境保全と里海づくりの展開、平和政策学術フォーラムin広島、広島市西区民文化センター、広島市、2019. 9. 26.
②里海と地域振興をつなぐ、海洋教育シンポジウム:子どもたちが拓く<地方再生>の未来~海洋教育の可能性を考える~、オルガ地下ホール、岡山市、2019. 1. 26.
③海洋環境の維持・保全と具体的施策について、瀬戸内海環境保全協会特別講演会「瀬戸内海を取り巻く海洋政策の動向~海洋基本計画と里海づくり~」、ラッセホール、神戸市、2019. 1. 22.
④瀬戸内海の環境管理からみた陸水問題、日本陸水学会 第83回岡山大会公開講演会:「瀬戸内海から考える陸水研究の将来」、岡山大学創立50周年記念館、岡山市、2018. 10. 5.
⑤瀬戸内海の環境管理~瀬戸内法改正後の新たな動き~:瀬戸内海環境保全協会、平成29年度講演会(基調講演)、兵庫県民会館パルテホール、神戸市、2018. 2. 16.
⑥英虞湾‐環境再生から新しい里海のまち・志摩へ‐:第34回「沿環連」ジョイントシンポジウム“我が国における沿岸域環境の現状と問題点、および将来展望”、兵庫県民会館、神戸市、2017. 12. 8.
⑦瀬戸内海が目指す豊かな里海と藻場・干潟の再生:東北マリンサイエンス拠点形成事業TEAMSセミナー(「世界防災フォーラム」関連行事)、東北大学 青葉山コモンズ、仙台市、2017. 11. 27.
⑧日本発「里海(Satoumi)」を世界に広げる: 地球環境「自然学」講座「森里海のつながり 生命の循環」、此花会館、大阪市、2016. 11. 26.
⑨大きく変わる瀬戸内海の環境管理~豊かな里海をめざして~:2016年度 生物地球化学研究会(基調講演)、岡山大学、岡山市、2016. 11. 20.
⑩里海の先にあるもの:平成27年度 三重県漁港漁場研修会『里海資本論』豊かな資源を育む、母なる伊勢湾の復活に向けて~伊勢湾アサリプロジェクトの推進~、三重県総合文化センター、津市、2016.2.2.
⑪里海とSatoumi からみた森里川海のつながり:つなげよう、支えよう森里川海シンポジウムin香川 森里川海の恵み、地域のあしたを考える、香川県社会福総合センター、高松市、2015. 12. 24.
⑫里海の取組について:沿岸域総合管理入門研修会~海を活かしたまちづくりに向けて~、志摩市商工会館、志摩市、2015. 10. 29.
⑬水産環境整備の必要性について~里海の視点からの提言~:漁港漁場漁村総合研究所 第8回調査研究成果発表会「豊かな生息環境の創造に向けて~水産環境整備の取り組みと今後の展望~」(基調講演)、発明会館ホール、東京都、2014. 12. 11.
⑭瀬戸内海の環境再生と里海づくり:第30回水郷水都全国会議東広島大会「みんながかかわる里山・里海」、広島大学、東広島市、2014. 12. 7.
⑮目指すべき将来像と新「瀬戸内法」システムの展望:2014年度日本プランクトン学会・日本ベントス学会合同大会公開シンポジウム“瀬戸内海は豊かな海ではなくなったのか?”(基調講演)、広島大学、東広島市、2014. 9. 7
⑯里海・Satoumiからみた海の利用と保全:全国日本学士会2014年公開シンポジウム「海遍路・東北-海から自然と文化を考える」、京都大学医学部 芝蘭会館、京都市、2014. 6. 8.
⑰瀬戸内海の再生~豊かで美しい里海をめざして~:瀬戸内海環境保全特別措置法制定40周年記念式典シンポジウム(基調説明)、サンポートホール高松、高松市、2013. 9. 7.
⑱里海づくりとアマモ場再生のための新たな連携と枠組みの可能性:第14回広島湾研究集会「アマモ場の保全・再生へ向けての先進的な取り組み」(基調講演)、広島県情報プラザ多目的ホール、広島市、2013. 12. 20.
⑲豊かな瀬戸内海の再生に向けた最近の動き:瀬戸内海関係府県漁連・漁協 平成24年度 第2回組合長会議、神戸ポートピアホテル、神戸市、2013. 2. 16.
⑳アマモ場の役割~なぜ大切なのか?~:全国アマモサミット2012 in 若狭(基調講演)、福井県立小浜水産高等学校、小浜市、2012. 11. 10.

【国際会議などにおける講演(2019年-2005年の63件のうち20件を掲載)】
①Outline of National Inputs on EcoQO and Numerical Targets from Japan: UNEP-NOWPAP-POMRAC Regional Workshop on POMRAC Activity “Development of Regional NOWPAP EcoQO Targets Aligned with SDG Indicators”, Vladivostok, Russia, Mar. 20, 2019.
②Sharing the Idea of Satoumi which can be Utilized to Achieve SDGs 14: JICA/USP-SMS Symposium on “SDGs 14, Community Based Resource Management, and Satoumi”, The USP Japan-Pacific ICT Center, Suva, Fiji, Feb. 28, 2019.
Satoumi and Local Council for Integrated Coastal Management: EAS Congress 2018, Iloilo Convention Center, Iloilo, the Philippines, Nov. 27, 2018.
④Reality of Satoumi-type Coastal Management Expanding in Japan: ECSA57-Changing Estuaries, Coast and Shelf Systems, Perth, Australia, Sep. 4, 2018.
⑤New Direction of Environmental Management of the Seto Inland Sea, Japan: 13th International MEDCOAST Congress on Coastal and Marine Sciences, Engineering, Management & Conservation, Paradise Bay Resort Hotel, Mellieha, Malta, Oct. 31, 2017.
⑥New Direction of Management Policies on the Seto Inland Sea, Japan in the Changing Environment: 45th UJNR Scientific Symposium “Marine Aquaculture in a Changing Environment” (Keynote), International Conference Center, Hiroshima, Japan, Oct. 16, 2017.
⑦Health Examination of Enclosed Coastal Seas-Introduction to Simple, Cost Effective but Holistic Assessment in Japan: XMASIII Special Workshop “The Use of Assessment”, Xiamen University, Xiamen, China, Jan. 11, 2017.
⑧Recent Shift of Environmental Management Policies in the Seto Inland Sea, Japan from Water Quality Control to Maximization of Ecosystem Services: ECSA 56 Coastal Systems inTransition, Bremen, Germany, Sep. 5, 2016.
⑨History of Total Pollution Load Control and Possible Future Coastal Management in Japan:EMECS11-Sea Coast XXVI Joint Conference (Plenary), St Petersburg, Russia, August 26, 2016.
⑩Major Outcome and Recent Trends of TPLMS Policy in Japan with Special Focusing on the Seto Inland Sea: The International Conference for the 10th Anniversary of the TPLMS in Korea, Pullman Hotel, Changwon, Korea, Dec. 16, 2015.
⑪Present Status of Satoumi Activities in Japan-Case Studies on Playing Role on Coastal Management: EAS-Congress 2015 “Global Targets-Local Benefits” Session 2-Workshop 1-Part 1B: Good Practices, Innovation and Impacts in ICM Applications in Japan, Danang, Vietnam, Nov. 17, 2015.
⑫Recent Coastal Environmental Management in Japan Based on New Concept of Satoumi which Promote Land-Ocean Interactions: International Workshop on Land-Ocean Interaction in the Coastal Zone and Sustainable Development, Yantai, China, Sep. 16, 2015.
⑬Environmental Conservation of the Seto Inland Sea, Japan and a New Concept of Satoumi : Fisheries and Ocean Industrial Development Symposium 2015, Pukyon University, Pusan, Korea, May 14, 2015.
⑭A Vital Role of Satoumi in the Implementation of ICM in Japan: EMECS10-MEDCOAST 2013 Joint Conference, Satoumi Special Session, Marmaris, Turkey, Oct. 30, 2013.
⑮LOICZ Oriented Restoration of Deteriorated Tidal Flats in the Coastal Area Based on the Concept of Satoumi : ECSA53 Conference: Estuaries and Coastal Areas in Times of Intense Change, LOICZ East Asia Yantai Node Session, Shanghai, China, Oct. 14, 2013.
⑯Evolution of Satoumi Frame during the Recent International Meetings in the Context of Sustainable Coastal Management: EMECS9 Satoumi Session-Disseminating the Concept of “Satoumi” Internationally-, Baltimore, USA, Aug. 28, 2011.
⑰Regional Collaboration on Coastal Environmental Assessment in the Northwest Pacific Action Plan (NOWPAP): EMECS8, Shanghai, China, Oct. 27-30, 2008.
⑱Overview of Ago Bay Restoration Project Based on the New Concept of “Sato Umi”: A Case of Environmental Restoration of Enclosed Coastal Seas in Japan: KORDI Workshop, Ansan, Korea, Dec. 1, 2006.
⑲Proposal for the Restoration of the Seto Inland Sea, Japan Based on a New Concept of “Sato-Umi” with Special Emphasis on Biological Diversity and Productivity, EMECS7, Caen, France, May 10, 2006.
⑳Habitat Conservation and Living Resource Management in the Seto Inland Sea, Japan:“Workshop on Ecosystem Management of Interrelated River Basins, Estuaries and Coastal Seas”, Masan, Korea, Jun. 1, 2005.

業  績 

氏の業績は、研究、教育、社会活動や実践を含めて瀬戸内海の環境保全の推進に関わる部分と、その延長として里海の考え方や里海づくりの実践を国内に広め、さらには、Satoumiとしての国際展開を推進した部分に大きく分けられる。

1)瀬戸内海の富栄養化機構と環境保全に関する研究
氏が瀬戸内海で富栄養化のメカニズムや富栄養化対策、沿岸環境管理手法などの研究を、本格的に開始したのは広島大学に赴任した1971年である。この年は、現在の環境省の前身である環境庁が設置され、いわゆる「瀬戸内法」(瀬戸内海環境保全特別措置法)が、当初、臨時措置法として制定された1973年の2年前に当たる。当時は、海域の組織的な環境保全活動の黎明期に当たり、富栄養化に伴う甚大な赤潮被害などを防ぐためにも、富栄養化のメカニズムとその原因究明は社会的にも喫緊の課題であった。

氏は富栄養化の原因物質で、かつ海域の生物生産に必須の栄養素でもあるリンに着目して、その動態に関する研究を精力的に行った。このテーマは、氏が大学院時代に進めた海洋微生物による有機態リンの分解に関する研究を端緒にしたもので、これらの成果は、学位論文「富栄養化沿岸海域におけるリンの生物地球化学的循環に関する研究」に取りまとめられた。これに続く栄養塩循環に関する一連の研究成果は、中央環境審議会での瀬戸内海の環境保全施策の立案や地方自治体の環境施策などに様々な形で反映された。

さらに、氏は瀬戸内海研究会議の会長を10年以上にわたって務め、毎年、瀬戸内海に関する研究フォーラムやワークショップを瀬戸内周辺の各地で開催するなど、瀬戸内海研究の推進と研究成果の普及や政策提言などにリーダーシップを発揮した。

氏は、瀬戸内海以外にも、南極海、北極海や熱帯沿岸海域などの多くの現場で調査研究を実施し、特に、熱帯のマングローブ域などでは、地域コミュニティとの交流を深めて、これが後のSatoumiの国際展開の背景となった。

2)「瀬戸内海を里海に」への取り組み
瀬戸内海沿岸での人間と海との関係を見直そうという市民活動に端を発した里海、すなわち、地元主導で”豊かな海“を地域に実現する里海は、”日本発、瀬戸内海育ち”とも称される。この背景には、戦後の高度経済成長期の公害時代に、瀬戸内海は著しい環境汚染や赤潮による「瀕死の海」を経験したことがある。その後、日本の多くの沿岸海域では水質汚染問題が一段落し、”きれいな海”よりも”豊かな海”を臨む声が強まり、里海づくりの実践が全国に拡がった。その契機となった著作が、氏が代表編集者として取りまとめた「瀬戸内海を里海に~新たな視点による再生方策~」である。

”新たな視点”には、海の状況だけではなく人間と海との関係性を重視する視点が含まれる。この本が出版された経緯は、瀬戸内海環境保全知事・市長会議が瀬戸内海研究会議に新たな瀬戸内海の再生方策の検討を要請したことに始まる。瀬戸内海研究会議の代表であった氏は、この要請に対し「合宿」を企画するなどして集中的な検討を重ね、里海の考え方を基軸にした提言書を取りまとめ、知事・市長会議に報告した。この報告書の主な内容を一般向けに再編成して出版したのが、「瀬戸内海を里海に」である。この報告書で提案された新たな再生方策は、首長の集まりである知事・市長会議などを通じて、その後の瀬戸内海の環境保全施策に大きな影響を与えた。

このような活動は、その後、2010年に名古屋で開催された生物多様性条約(CBD)COP10の会議でのSatoumiの国際的アピールやCBD事務局による“Satoumi Manual”の出版につながった。海洋基本法に基づく海洋基本計画の改定(2013年)では、里海の考え方が取り入れられるなど、公的制度への波及にも貢献した。2015年の「瀬戸内法」の大幅改正では、改正「瀬戸内法」に基づく国の瀬戸内環境保全基本計画の改定に当たり、氏は中央環境審議会瀬戸内海部会の企画専門委員会委員長などとして国の政策立案にも中核的な役割を果たした。

3)里海づくりの国内展開
氏はNPO法人 里海づくり研究会議の立ち上げに関わり、現在はこのNPOの理事長として、里海の提唱者である柳哲雄副理事長とともに里海づくりの普及啓発に熱心に取組んでいる。この研究会議は、里海とその考え方が1998年に九州大学の柳哲雄教授(当時)により初めて提唱され、20周年を迎えた2018年には、岡山県の備前市日生で「里海生誕20周年記念シンポジウム」を盛会裏に開催した。このシンポジウムでの強い要請を受けて、2019年には「里海カンファレンスin恩納村2019」を沖縄で開催し、「里海カンファレンス」という里海に関する新たな全国集会の端緒が生まれた。この集会は、2020年には宮城県の南三陸町で開催予定であり、里海づくりの全国展開が継続的に進められつつある。

瀬戸内海における里海づくりの実践活動としては、香川県の”かがわの里海づくり”施策の立案に当初より関わり、現在もアドバイサーとして実際的な役割を果たしている。備前市日生の里海づくりにも貢献して、地域の活性化や循環型社会の形成に寄与したのみならず、瀬戸内海以外の里海づくりも推進した。一例として、科学技術振興機構(JST)と三重県による地域結集型共同研究事業では、氏は研究コーディネーターを務め、地域の多様な人材と協力して三重県志摩市の英虞湾の再生と里海づくりに大きく貢献した。この活動は志摩市における全国初の里海推進室の設立につながり、地域振興にも役立った。なお、この里海推進室は、現在、発展的にSDGs推進室に改組されている。

環境省が里海づくりを推進した里海創生支援事業においても、里海概念の整理や「里海ネット」の構築などに様々な役割を果たした。環境省による里海づくり活動状況の調査結果によれば、日本全国での里海づくり活動は2018年で291地域に広がり、里海概念が様々な公的制度にも取り入れられて、藻場の創出・拡大、水質の改善、ごみの減少や水産資源状況の改善などに寄与している。

里海づくりと表裏一体の活動として、海洋政策研究財団の取り組みの一環として沿岸域総合的管理(ICM)も推進した。この活動は、後述するアジアの多国間パートナーシップであるPEMSEAの取組みにも連動したものである。氏は、月刊「アクアネット誌」には、隔月連載「沿岸環境の再生と機能回復」の執筆を15年間にわたって続けており、この中でも、里海やICMに関連するテーマをしばしば取り上げて、その普及啓発に努めた。

4)里海づくりの国際展開
日本の伝統的な文化を背景にして生まれた里海の考え方と里海づくりの実践活動は、Satoumiとして海外でも強い関心が持たれている。その理由として、Satoumi はICMや生態系管理への親和性が強く、地域主導型合意形成手法を備えている点などが挙げられているが、基本的には環境や生態系の保全と利用を調和させている点が大きい。さらに、近年大きな注目を浴びているSDGs(国連の持続的開発目標)にも非常になじみやすいため、今後も、Satoumiにはさらなる国際的進出が予想されるが、氏は、このようなSatoumiの国際展開に関わる基盤的な状況の創出に大きく貢献した。

氏が、Satoumiについて海外の国際会議ではじめて報告したのは、2005年韓国でのアジア諸国を中心にした生態系管理に関するPEMSEAのワークショップであった。この会議では、Satoumiに対しアジア諸国から大きな反響があった。そこで、氏は前記の柳教授と示し合わせ、翌2006年にフランスのカーン市で開かれた第7回世界閉鎖性沿岸海域環境保全会議(EMECS7)では、柳教授とともにSatoumiの概念と実践状況を本格的に紹介した。さらに前述の英虞湾での里海づくりに関する多くの研究発表もなされた。その結果、会議の総括で、「Satoumiの考え方は、地域社会と沿岸環境のSymbiosis(共生関係)で、合理的な共存のビジョンである」として非常に高く評価され、Satoumiは国際的な地歩を固めた。

氏は、その後も世界各地でSatoumiに関する講演やセミナーを精力的に続けているが、この活動には、現在、氏が副理事長を務める(公財)国際エメックスセンター(EMECS)の果たした役割も大きい。EMECS(Environmental Management of Enclosed Coastal Seas)は世界の閉鎖性沿岸海域の環境管理の推進やネットワークづくりを進め、Satoumiの国際展開にも力を入れている。

およそ2年に1回世界各地で開かれるEMECS会議では、度々、Satoumi に関するセッションが開催され、この場でも、氏はSatoumiに関する重要な発表を長年続けてきた。さらに、氏は、ECSA、MEDCOAST、PEMSEA、UNEP、World BOSAI Forum、JICAなどによる国際会議においてもSatoumiに関する多くの発信を行った。近年では、多くの国際会議でSatoumiに関するテーマが頻繁に取り上げられている。

国連環境計画(UNEP)の日本海を中心にした北西太平洋行動計画(NOWPAP)は、日・中・韓・露の4カ国で日本海を中心にした海域環境保全を進める国際プロジェクトであるが、氏は長年にわたってNOWPAPの専門家を務めてきた。この場でも、新たな海の環境生態系指標であるEcoQOs(Ecological Quality Objectives)の開発などに、氏の瀬戸内海やSatoumiに関する長年の経験が活かされている。

JICAとEMECSが共同で実施した若手外国人向けの「沿岸海域の環境管理」に関する特別研修コースでは、氏が長年コース・リーダーを務め、瀬戸内海を中心にした沿岸域の環境管理手法とともにSatoumiについても幅広い研修を進めて、多くの国際的な人材の育成に努めた。

海外におけるSatoumiの実践活動としては、タイにおいてマンブローブ林を利用した物質循環型の魚類養殖を推進したのみならず、メキシコのラパス湾周辺でも漁民や地域住民と連携したメキシコ版の里海づくりを進めている。

 

 

 

タグ:


ページ上部へ