受賞年月
令和3年3月
受賞理由
氏の経済学を基礎とした財政学及び文化経済学分野の発展、並びに地域振興及び生涯学習教育の充実に寄与した数々の功績
受賞者の経歴
【現在の主な職業】
京都大学名誉教授、福井県立大学名誉教授、京都橘大学名誉教授
一般社団法人文化政策・まちづくり大学校代表理事、岩手県気仙郡住田町「ふるさと創生大学」学長
【学 歴】
1956(昭和31)年 3月 京都大学経済学部卒業
1958(昭和33)年 3月 京都大学大学院経済学研究科修士課程修了
1958(昭和33)年 4月 京都大学大学院経済学研究科博士課程進学
1961(昭和36)年 3月 京都大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学
【学位・称号】
1975(昭和50)年 12月 経済学博士(立命館大学)
1997(平成 9)年 9月 京都大学博士(経済学)
【経 歴】
1961(昭和36)年 4月 京都大学経済学部助手
1964(昭和39)年 4月 京都大学経済学部助教授
1977(昭和52)年 12月 京都大学経済学部教授 財政学講座担当
1986(昭和61)年 1月 京都大学経済学部長・京都大学評議員(~1988年1月)
1997(平成 9)年 3月 京都大学定年退職、京都大学名誉教授となる。
1997(平成 9)年 4月 福井県立大学大学院経済・経営学研究科教授
1999(平成11)年 10月 福井県立大学大学院経済・経営学研究科科長
2001(平成13)年 3月 福井県立大学退職、福井県立大学名誉教授となる。
2001(平成13)年 4月 京都橘女子大学文化政策学部教授、京都橘女子大学文化政策学部長(~2003年3月)
2003(平成15)年 4月 京都橘女子大学大学院文化政策学研究科長(~2005年3月)
2006(平成18)年 3月 京都橘女子大学定年退職
2006(平成18)年 4月 文化政策・まちづくり大学院大学設立準備委員会代表者
2012(平成24)年 4月 一般社団法人 文化政策・まちづくり大学校代表理事(~現在)
2017(平成29)年 5月 岩手県気仙郡住田町「ふるさと創生大学」学長(~現在)
【その他役職】
1990(平成 2)年 4月 日本学術振興会特別研究員等審査会委員(~1992年3月)
2001(平成 13)年 4月 文部科学省大臣官房政策課評価室「政策評価に関する有識者会議」委員(~2003年3月)
2001(平成13)年 10月 企業メセナ協議会「企業メセナ大賞審査委員会」委員(~2003年9月)
2005(平成17)年 4月 岡山県文化審議会会長(~2006年3月)
2005(平成17)年 4月 富山県文化審議会会長代理(~2017年3月)
【過去における表彰】
2012(平成24)年 4月 瑞宝中綬章(研究教育)
主要著書・論文等
(著書・学術論文は多数となるため単著のうち主要なもの、英文は共著のそれぞれ2点のみとした。)
【著書(単著)】
『現代資本主義財政論』有斐閣 1974年
『アメリカ資本主義の経済と財政』大月書店 1978年
『地方財政論』同文舘 昭和54(1979)年
『管理経済論-人間による国家・資本・環境の制御-』有斐閣 1984年
『減税と地域福祉の論理』三嶺書房 1984年
『情報化社会の政治経済学』昭和堂 1986年
『人間発達史観』青木書店 1986年
『福祉と協同の思想』青木書店 1989年
『財政学-現代財政システムの総合的解明-』岩波書店 1990年
『生活の芸術化-ラスキン、モリスと現代-』丸善 1993年
『現代経済学と公共政策』青木書店 1996年
『財政思想史』有斐閣 1999年
『日本財政論』実教出版 2000年
『文化と固有価値の経済学』岩波書店 2003年
『文化資本論入門』京大学術出版会 2017年
『学習社会の創造』京大学術出版会 2020年
【英文著書(共著)】
・ Tsuru, Shigeto, eds., Economic Institutions in a Dynamic Society: Search for a New Frontier,Macmillan, 1989. J. Ikegami, “Comment on J. A. Key, Changing Boundaries of State Activity: From Nationalization to Privatization”, with M. Aoki, R. Bentzel, J. Corbett, G. Dosi, Y. Fujii, L. Hurwitz, K.
Imai, J. A. Key, E. Malinvaud, T. Noguchi, A. Schotter, A. Sen, T. Shiraisi, S. Tsuru, M. Uekusa, H.Uzawa.(『動態社会における経済制度:新分野の開拓』(都留重人編集)マクミラン社1989年)
・ L. Vusitalo & J. Moisander. Arts & Cultural Management, Vol.Ⅰ, including the Report by J. Ikegami,“Music Festival and Financial Source in Creative Cities”, pp.66-73., Hersinki, 1999.
【論文(単著)】
「予算過程と財政民主主義」『経済論叢』第125巻1・2号 1980年1・2月
「比較地方財政論よりみたイギリス型」『経済論叢』第128巻5・6号 1981年11・12月
「福祉・軍備と合衆国の地域社会」『季刊・地域』10号 1982年2月
「インフレーションと土地価格の評価」『税経通信』第37巻5号 通巻503号 1982年4月
「福祉財政とその費用負担問題」『経済論叢』第131巻1・2号 1983年1・2月
「ロシア革命における財政民主主義の問題-租税廃止論と社会主義-」『歴史学研究』513号 1983年2月
「 社会の共同資産と財政学―A.スミスにおけるcommon stock概念を中心として」『経済論叢』第140巻1・2号 1987年7・8月
「多国籍企業の税財政問題」『松山商大論集』第39巻2号 1988年6月
「A.セン潜在能力の経済学とケインズ革命」『経済論叢』第146巻1号 1990年7月
「公共選択と学習人モデル」『財政学研究』第15号 1990年8月
「現代の予算制度と官僚制」『経済論叢』第153巻3・4号 1994年3・4月
「インフラストラクチャーの経済学」『経済論叢』第155巻第5・6 1995年5・6月
「財政学-共通特別課徴金としての環境税」『季刊環境研究』創刊100号記念号 1996年1月
「固有価値と人間ネットワークの形成」『経済論叢』第157巻4号 1996年4月
「著作物の経済学」『経済セミナー』No.514 1997年11月
「 都市空間における『美しさ』の社会的評価システム」日本学術会議『学術の動向』第4巻9号 1999年9月
「 都市再生と地域発展を目指す文化政策」国際文化政策研究教育学会『国際文化政策』創刊記念号 2008年6月
「文化資本による経済資本の制御」福島大学経済学会『商学論集』第84巻第4号 2016年3月
「流域宇宙」上田篤+縄文社会研究会編『建築から見た日本』鹿島出版会 2020年10月
【英文論文(単著)】
・ Ikegami, J., ‘The Economics of Intrinsic Value-A Note on the Value Theory of J. Ruskin and A, Sen’,The Kyoto University Economic Review,Vol.LⅩⅡ-1, No.132( Mar.1992).
・ Ikegami,J., ‘Value of Culture and Creative City Planning in Urban Areas’, Seoul International Conference, Cultural Industries in the Information Age, Korean Association for Cultural Economics.,Seoul, 2001.
【翻訳書】
・J . O’Conner, The Fiscal Crisis of the State, St. Martin’s Press, 1973.( 池上惇・横尾邦夫、共訳、ジェイムズ・オコンナー著『現代国家の財政危機』お茶の水書房 1981年)
・ N. P. Hepworth, The Finance of Local Government, George Allen & Unwin, 1980.(池上惇監修訳、N.P. ヘップワース著『現代イギリスの地方財政』同文舘 1983年)
・ K. H. Hansmeyer, Kommunale Finanzpolitik in der Weimarer Republik, W.Kohlhammer GmbH,1973.(広田司郎・池上惇共訳、K. H. ハンスマイヤー編著『自治体財政政策の理論と歴史-ヴァイマール期を中心として-』同文舘 1990年)
・W . J. Baumol & W. G. Bowen, Performing Arts; The Economic Dilemma, MIT Press, 1966(. 渡辺守章・池上惇監修訳、W. J. ボウモル,W.G.ボーエン共著『芸術と経済のジレンマ-』芸団協出版 1993年)
業 績 :
氏の主な業績は、以下のとおりである。
はじめに-研究の経過と社会活動による研究の進化-
氏は、京都大学経済学部・同大学院経済学研究科、福井県立大学経済・経営学研究科及び京都橘女子大学文化政策学部・同大学院文化政策学研究科の教員として、一貫して財政学、文化経済学の進化と教育に専念するとともに、それぞれの学部長及び研究科長を歴任し、多数の学部・研究科の新設に関わり、学部・大学院における教育制度並びに社会人学生制度の充実に貢献した。
京都橘女子大学定年退職後は、従来の財政学・文化経済学研究において発見し理論化した研究成果や大学教員の経験を生かして、欧米に比して非常に遅れていた社会人大学院の充実に活動の重点を移した。
以後、文化政策・まちづくり大学院大学設立に向けての取り組みを続けるとともに、2012年、京都市より中学廃校跡を提供され、一般社団法人文化政策・まちづくり大学校(通称・市民大学院)を創設し、代表理事に就任、さらに、2017年には、その一環として岩手県住田町に一般社団法人文化政策・まちづくり学校(通称・ふるさと創生大学)を創立し、学長に推挙された。
このような経過から、氏の業績は前半期と後半期に分けられる。
前半期としては、1960年代から2000年代初めまでの、財政学や文化経済学を深める研究成果である。そして、大学定年退職後の後半期は、それまで培った研究成果を土台に固有価値や文化資本研究を継続しつつ、地域振興に資する経験や実践を伴う「都市・地域研究」理論の進化を実現した研究成果、さらに、大学在籍の時期から一貫して追求してきた「社会人対象の生涯学習・生涯研究支援学校設立活動に関する取組み」である。ここでも、経験や実践を伴う生涯学習・研究の「学習理論」を進化させてきた。
以下、それぞれの時期における学術的な成果を要約する。
Ⅰ.前半期(1960年代-2005年):経済学を基礎とした財政学・文化経済学の研究
前半期は、主として財政学、文化経済学における新たな体系を構築するため、経済思想、財政思想などの学説史を詳細に研究しつつ、地域の現場に基礎を置く実証的な研究を並行して行った。
具体的には、国家独占資本に関する思想史研究(1960年代)、日本国およびアメリカ合衆国における経済政策史・日本における地域開発実態調査(1970年代)、英国における工場立法、オ-ストリア・南ドイツにおける土地増価税、都市福祉研究(1980年代)、文化経済思想史・文化格差を克服する教育活動と地域づくり研究(1990年代)などである。
これらの研究成果は、氏の著書、財政学体系として『財政学-現代財政システムの総合的解明』岩波書店(1990年)、文化経済学体系として『文化と固有価値の経済学』岩波書店(2003年)に集約されている。
1)財政学における人的能力と社会的共通資本(インフラストラクチャ-)の解明
従来の財政学体系論では、納税の主体である市民は主権者でありながら、個性や多様性についての研究が不足していたが、氏は、市民社会を洞察した最初の体系的な古典的著作、A.スミス財政学の研究を手掛かりとして、市民社会は分業と交換を基礎とし、分業による才能開発と多様性を基礎に生産物を交換することによって、「個々人の才能の差異を社会の共通資産とする」過程を解明した。
この研究によって、氏の財政学体系論は、「潜在的に多様な才能を持つ市民を主権者とし、才能を開花させ得る社会的・自然的環境を公共サービス、憲法システムを根幹とするインフラストラクチャー(ハード=物的要素とソフト=人的要素を含む)として提供する財政システム」を意味するものとなった。
その内容は、憲法インフラストラクチャ-・情報・貨幣:金融・経済・社会・土地・環境・文化であり、氏が中心の研究テーマとしたのは、社会インフラストラクチャ-のなかでも、教育と福祉にかかわる分野、および伝統文化における有形・無形の文化財を保全し、劇場・音楽ホ-ル、美術館・博物館などを整備しつつ、芸術文化人材を育成して、芸術文化を継承・発展し、市民の創造と享受の機会を保障する諸制度であった(池上惇『財政学-現代財政システムの総合的解明-』岩波書店 1990年 56頁参照)。
2)文化経済学における固有価値論・文化資本論への貢献
1990年代、氏は国際財政学会から、国際文化経済学会に活動の重点を移す。文化経済学会(日本)の創設(1990年代初頭)を推進し、二代会長となり、現在も顧問として活動してきた(業績は、池上惇『文化と固有価値の経済学』岩波書店、2003年)。
この領域における氏の独自の学術的貢献は、固有価値概念と地域における文化資本概念の確立である。経済学領域においては、従来、効用理論が有力であった。しかし、これらは人間行動における文化的な欲求、とりわけ芸術文化の創造や享受の欲求を経済学の研究対象の外部にある「与件」として取り扱う。
これに対して、氏は、J.ラスキンらによる芸術経済学、W.G.ボウモルなどの文化経済学説史を詳細に研究し、かつ、現代経済における芸術文化産業の発展やデザインの全商品などへの普及を視野に入れ、経済学全般に共通する概念として、固有価値概念の研究を行った。この概念は、自然の生態系、自然素材における固有性に注目し、自然と共生する人間存在を視野に入れるだけでなく、人間が芸術文化や科学・技術を創造し享受する関係を解明するので、全産業活動への拡充が可能となる。あらゆる生産活動と消費活動は、デザインの普及とともに、絶えざるイノベーションを不可避なものとしてきた。
さらに、文化経済学の領域において氏が研究したのは、文化資本概念である。この概念は、フランスの社会学者 P.ブルデユーによれば、支配階級の文化独占を意味する概念であったが、福原義春によって経営における文化的伝統の継承・発展の視点から、経済資本を制御し得る文化資本という概念に転換されていた。氏は、この概念を、次のように位置付けている。
まず、人間に体化された文化資本=法システムや市民の倫理性を基礎に、地域の伝統文化を先覚から学習し、ヨコのつながりからも学芸・技術・技能などを学習した成果である。次に、制作の構想力とデザインに優れた客体化された文化資本=書物、絵画、芸術的美的な映像・映画、文化財、文化的な建築物、まちなみ、農村景観、生活の質を向上させる、多品種少量生産の道具・機械など。
さらに、資格制度、学位制度、学歴制度など、制度文化資本=自治と自由な学習・研究環境を持つ、学術芸術などの研究教育を担う学校システムから得られるもの。最後に、地域社会の伝統文化を今に生かし、地域の固有性と交流による創造性・享受の機会を共有する地域文化資本=自治と自由な、意思決定と参加の制度を持つ、世界に開かれた、地域の集落、学区、地区などに存在する。
Ⅱ.後半期(2006年-現在に至る):学習概念の進化と、地域振興ならびに生涯学習・研究システムへの学術的な貢献
後半期は、前半期の研究成果を踏まえて、それらを実現させる社会実践的活動と研究教育活動を展開するために、産・学・公共のソフトなインフラストラクチャ-としての社会人学習・研究の場づくりに取り組む。そして、このような場において、市民個々人が才能の個性的な差異から「互いに学びあう関係」を自治力を生かし倫理や法に基づいて構築し得たならば、現代社会の病弊である社会的差別や市民間の分断ではなく、「学習社会の創造による市民共生システム」が実現する過程を解明した。
現在は、2006年以降、約十数年をかけて、約700名に及ぶ支援者を獲得した。その中から1萬円単位のマイクロファンド応募者を募り、大口の寄付者もあり約1億円の基金を創設し、長期目標として、全国的なネットワークを持つ社会人大学院(文化政策・まちづくり領域)の創設を目指す。その過程では、先導試行であり社会実験である。試行錯誤の後、具体的には、2012年、京都市内に「文化政策・まちづくり大学校」(一般社団法人)を立ち上げ、約50名の有志教員と同数程度の学習人に社会実験の場を提供した。場を提供して知り得たことの第一は、現代経済の厳しい生存競争の中で起業しつつ、経営者として苦労の中にある方々の学習・研究意欲が極めて高いことである。
現代の事業経営は、事業規模に関わらず、常に破産・リストラ、貧困に直面する厳しさを持っている。社会人の学習人は、経営における自治力を生かしつつ、経営者と従業員が共生し他企業とも学びあって、共生できる状況を強く求めていること。市民が個性の共生とハーモニーを生み出す場づくりが切実に要望されていることである。
生涯学習・研究活動の一環として、東日本大震災後は岩手県遠野市や同住田町における「ふるさと創生大学」の創設に取り組む。このような先導試行や実践のなかで、集落や地区が自治力を発揮し、多様な伝統文化の継承・発展が実行されていた。地域コミュニティの意識構造、結いなどの社会的なつながり、農林漁業を含む職人産業における技能や技術の継承・発展が行われ、高校生を担い手とする産業イノベーションが進行中である。
都市における生涯学習・研究への動きが農村部の「ふるさと創生活動」と結合したとき、過疎地の最大の悩みである、後継者不足が解消される可能性が高い。氏はこの目標に向かって研究を継続中である。ここにおいて、多様な市民活動における文化資本の蓄積こそ、研究を目指した自らの初心「希望の道」の核心であるとの思いで研究を進め、『文化資本論入門』(京大学術出版会 2017年)を、また、2020年には『学習社会の創造』(京大学術出版会)を公刊して、2006年以降の後半期における研究成果を総合的に公表した。
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