私と一冊の本 陳頴卓
「お母さん、ごめんね。お母さんのそばにいなくて…」
私は後悔の気持ちでいっぱいになりながらキャンパスの中を歩き回りました。その時、露天の本屋の、『火曜日の約束』という本のタイトルがぱっと目に入ってきました。「一人の老人、一人の若者、一つの人生についての授業」と書かれた副題にひきつけられました。
年老いて、不治の病にかかった社会学者のモリ教授は、一人の学生に対する最後の授業を火曜日に行いました。モリが亡くなった後、その学生はノートを整理して、「火曜日の約束」という本を出版しました。モリは学生に次の言葉を残しました。
「人生に間に合わないという言葉はない。遅かったと思った時が一番早い。」この一行を見て、私の胸のつかえは取れ、自分の歩むべき道が見えてきました。
この本と出会う一ヶ月前、母はすい臓がんの恐れがあると診断されました。私は手術に立ち会いたいと思い、母に電話をしました。母は「学校は忙しいでしょう、母さんは大丈夫。帰らなくていいよ」と言いました。そのとき、私は試験を目前に控え、忙しい日々を過ごしていました。また、母の手術はそれほど大きな手術ではないと思い、帰省はしませんでした。
手術を受けた数日後、祖母から電話がありました。「あのね、お母さんの前に同じ手術を受けた若い患者さんがいたんだけど、手術は順調にいかなくて、亡くなってしまったの。お母さんは、本当はあなたに帰ってきてほしかったのよ。手術後、意識が朦朧とする中、あなたの名前を呼び続けていたわ。」
私はその話を聞き、涙を止めることができず、「ごめんね、お母さん、そばにいなくて」と自分を責めました。母が生死をさまようほどの手術を受けるとは思ってもいませんでした。母が私を一番必要としている時に、私はそばにいませんでした。こんな自分を許すことはできず、自分に恨みさえも感じました。
まさに、その時、私はこの本に出会ったのです。
手術後の母は抵抗力が低下し、体力の衰えが目立っていました。
夏休みに入ると、私はすぐ、故郷に帰りました。母の体力の回復を図るために、一緒に散歩をしました。母は若いころの自分の話や、幼いころの私の話をしました。母の気持ちが落ち込んだ時に、私は面白い話をして母を笑わせました。
ある時母は私の頭をなでながら、「大人になったね」と言ってくれました。私は泣きだしそうになるのをがまんして、
「お母さん、ずっと元気でいてね。あの時そばにいなかった私を許してね。これから何かあった時には絶対お母さんのそばにいるからね。」と心の中で母に言いました。
モリの言ったとおり、気づく心が何より必要で、それから、実際の行動に移すことが重要です。「もう取り返しがつかない」、とか、「もう手遅れだ」と思ってしまうことも、人生には起こり得ます。しかし、そう気づいた時に、これからどうするかに思いを巡らせ、これ以上後悔しないように実行することが、人間としてのあり方だとわかりました。
ようやく心が明るくなりました。
自分の配慮が足りなかったために傷つけてしまった外国人の先生のことを思い出し、彼の誤解を解きたいと思い、手紙を書きました。
この『火曜日の約束』という一冊の本に出会ったことにより、私もまた、モリの授業を受けることができました。叡智に満ちた、一人の老人の言葉を私は一生忘れることができません。
「人生に間に合わないという言葉はない。遅かったと思った時が一番早い。」
ご静聴ありがとうございました。