内藤正明氏【滋賀県琵琶湖環境科学研究センター 長】 文化・社会部門

 

受賞年月

平成31年2月

受賞理由

我が国の環境問題の先駆者として、その高い先見性、卓越した実践性をもって、環境問題解決の指導的役割を果たし、持続可能な社会の実現に寄与した数々の功績。

受賞者の経歴

【主な職業】
滋賀県琵琶湖環境科学研究センター 長
吉備国際大学農学部参与
京都大学名誉教授

【学  歴】
1962(昭和 37)年  3月 京都大学工学部衛生工学科卒業
1964(昭和 39)年  3月 京都大学大学院工学研究科修士課程衛生工学専攻修了
1966(昭和 41)年  3月 京都大学大学院工学研究科博士課程衛生工学専攻退学

【学位・称号】
京都大学工学博士(1969年)

【経  歴】
1966(昭和 41)年  4月 京都大学工学部 助手
1968(昭和 43)年  4月 カンザス州立大学 Assistant Professor
1969(昭和 44)年  3月 京都大学工学部 助教授
1974(昭和 49)年  3月 国立公害研究所(現 国立環境研究所)入所
1974(昭和 49)年  4月 国立公害研究所総合解析部主任研究官
1979(昭和 54)年  5月 筑波大学応用生物化学系 教授(併任)
1983(昭和 58)年10月 国立環境研究所総合解析部長
1990(平成   2)年  7月    国立環境研究所統括研究官
1995(平成   7)年  2月 京都大学大学院工学研究科環境地球工学専攻教授
2002(平成 14)年  4月 初代京都大学大学院地球環境学堂 学堂長(併任)
2003(平成 15)年  3月 京都大学退官・京都大学名誉教授
2004(平成 16)年  4月 佛教大学社会学部 教授(~2005年3月)
2005(平成 16)年  9月 滋賀県琵琶湖環境科学研究センター 長(~現在に至る)
2013(平成 24)年  4月 吉備国際大学地域創成農学部教授(~2016年3月)
2016(平成 27)年  4月 吉備国際大学農学部・参与(~現在に至る)

【その他】
1998(平成10)年 京(みやこ)のアジェンダ21フォーラム 代表(~現在に至る)
2000(平成12)年 NPO法人 循環共生社会システム研究所 代表理事(~現在に至る)
2003(平成15)年 こうべ環境フォーラム 代表((~現在に至る)
2007(平成19)年 NPO法人 KES環境機構 代表理事(~現在に至る)

【社会・委員会活動等】
「学会における主な活動」
土木学会環境システム委員長、環境科学会総務理事

「主な公職歴」
中央公害対策審議会専門委員、学術審議会専門委員,大学設置審議会専門委員、科学技術会議専門委員、国土審議会専門委員,国土審議会特別委員、京都府環境審議会長、京都市環境審議会長

【過去における表彰】
1989(平成 元)年 4月 オペレーションズ・リサーチ学会「事例研究奨励賞」
1998(平成10)年10月 環境科学会「学会賞」
2018(平成30)年10月 京都市自治120周年表彰

【主要著書】
『われわれの生活と公害1』(京都大学工学部大学開放講座)【共著】ナカニシヤ出版 (1971)
『環境システム工学』【共著】日刊工業新聞社(1977)
『水環境指標』(編著)思考社(1979)
『環境指標:その考え方と作成手法』(計画行政叢書)【共著】学陽書房(1984)
『微生物の生態(15):各種モデルとその利用』【共著】学会出版センター(1987)
『湖沼の汚染問題とは』日刊講義陽新聞社(1988)
『地球環境時代の課題』出版社:(社)環境創造研究センター(1990)
『地球温暖化の時代:気候変化の予測と対策』【監訳】ダイヤモンド社(1990)
『環境を守る技術:エコテクノロジーの時代へ』(読売科学選書)【編著】読売新聞社(1991)
『エコトピア:環境調和型社会の提案』日刊工業新聞社(1992)
『地球時代の新しい環境観と社会像』(Energy 21 for better environment;1)【構成】,ESSO記念出版(1992)
『地球環境キーコンセプト74』【共著】日刊工業新聞社(1992)
『首都圏の水その将来を考える』東京大学出版会(1993)
『環境調和型都市:地球時代の新たな都市像を求めて』 (Energy 21 for better environment;2)【構成】,
ESSO記念出版(1993)
『環境調和型技術:いま求められている技術の変革』 (Energy 21 for better environment;3)【構成】,
ESSO記念出版(1994)
『「環境指標」の展開:環境計画への適用事例』(計画行政叢書)【共著】学陽書房(1995)
『現代科学技術と地球環境学』(岩波講座 地球環境学)【共著】岩波書店(1998)
『持続可能な社会システム』(岩波講座 地球環境学)【共著】岩波書店(1998)
『An Environmentally Harmonious Organic Waste Recycling System』Journal of Global Environment Engineering(1998)
『まんがで学ぶエコロジー:本当に「地球にやさしい社会」をつくるために』【共著】昭和堂(2004)
『都市のアメニティとエコロジー』(岩波講座:都市の再生を考える)【共著】岩波書店(2005)
『環境と宗教』【共著】環境新聞社(2006)
『琵琶湖ハンドブック』【監修】滋賀県(2007)
『環境ガバナンス論』【監修】京都大学学術出版会(2007)
『琵琶湖ハンドブック 改訂版』【監修】滋賀県(2012)
『滋賀県発! 持続可能社会への挑戦 科学と政策をつなぐ』【編著】昭和堂(2018) 

受賞者の業績

氏は、我が国の環境問題のパイオニアとして環境研究を先導し、新たな学問分野「環境システム学」を提唱・構築するとともに、地域環境計画の策定、循環共生社会・持続可能社会の形成等の環境行政に携わるなど、地域の環境問題の解決に向け指導的役割を果たしている。
また、国立公害研究所(後の国立環境研究所)、京都大学大学院地球環境学堂・学舎、及び滋賀県琵琶湖環境科学研究センター等、地球環境問題関連組織の創設・発展の中心的存在としてその実現に向け尽力するなど、我が国の環境問題の第一人者として高く評価されている。

氏の具体的な業績は、以下のとおり「社会的な活動」並びに「学問研究的な活動」の二つに要約される。
【社会的な活動】
環境問題の先駆者として、その最初の活動を要約すると、
1)国の研究機関である「国立公害研究所」の創設(昭和49年)に関わり、その後、研究者第一号として総合解析部長、統括研究官を歴任し、環境問題のシステム解析的アプローチを「環境システム学」として我が国に定着させた。
2)次いで文部省の科学研究費「環境科学」分野の予算を、10年余の間に当初数千万円規模の研究助成を10億円近くに拡大するため、理念的な支援を行った。
3)環境行政においては、我が国初の「環境基本法」の制定、それに基づく「環境基本計画」の策定に関わり、また関東一円の自治体の「環境管理計画」づくりを主導した。
4)平成7年に京都大学に戻り、京大初の地球環境問題専攻の大学院「地球環境学堂・学舎」の設立に関わり、工学、農学、理学、経済学、社会学、哲学・倫理学、生物生態学まで全学問分野に亘る地球環境問題解決型の大学院を立ち上げ、その初代学堂・学舎長を務めた。これは“環境問題を総合的なシステムアプローチで扱う世界でも最初の組織”となった。
5)「滋賀県琵琶湖環境科学研究センター」発足時の初代センター長に就任し、その立ち上げと発展に尽力しているが、ここでも総合解析部門を創設し組織の中心として発展させた。
6)淡路島で最初の大学として、吉備国際大学、「農学部・地域創成農学科」の設立に関わり、発足後にその教授を併任し、組織の確立・発展に尽くしている。
7)この間、京都府、京都市その他の関西各地方の自治体の環境関連委員会などの座長・代表を歴任し、環境行政の発展にも尽力した。
8)同時に、持続可能社会づくりの地域活動への参画も数多く、「(NPO)循環共生社会システム研究所」、「京のアジェンダフォーラム」、「NPO環境管理システム」、「NPOソーシャルデザインセンター淡路」など数多くの地域活動組織の代表、理事を務めている。

以上、我が国の環境問題に関わる研究、教育組織の創設、さらに環境行政における計画・管理、さらにはその社会実装に対して主導的な立場で関わってきた。

【学術研究に関する業績】
1)大学院修了後の最初の仕事は、我が国初の「流域下水道建設」基本計画への参加である。ただし、その仕事が地元住民からの大きな反対に直面したために、環境関連事業の社会的な評価の難しさに気付かされた。
2)それは環境事業を適正に評価する考え方とその方法論が欠けていることにあると気付き、これを契機に「環境評価」とその表現のための「環境指標」の研究に着手した。これに関する成果をくつかの著書として出版したが、それがわが国で「環境指標」のバイブル的役割を果たすこととなった。
3)様々な現実の環境問題解決の研究に関わる中で、環境研究は単なる学問研究では終わらない「問題解決学」であり、そのためには単に工学的なアプローチに留まらず、社会の価値観や利害とも深く関わる総合学であるとして、そのあり方を思考するに至った。それを「環境システム工学」と名付けて確立し、同名の著作を出版した。さらに研究を進めるにつれ、経済、社会、倫理、宗教にまで及ぶ検討が必要であることを実感するに至って、後に工学の範囲を超えた「環境システム学」と提唱した。その後にこれを専門分野として名乗る研究者が次第に出てきて、その草分けとしての役割を果たした。
4)国の環境行政の学術的な支援として、「環境基本法」、その下での「環境基本計画」策定に関わった。さらに、環境行政を支える手段としての「環境指標」、「環境アセスメント」、「環境モニタリングシステム」などの理念と手法を取りまとめたガイド書を行政機関と協働で発刊した。これらは以後の国および地方の環境政策策定の基礎手引きとして生かされてきた。
5)環境問題が地球規模に広がり深刻化する中で、「地球環境問題」に関わることとなり、京都議定書を受けた、京都府、京都市、滋賀県などの温暖化防止計画の策定に関わった。
6)滋賀県では知事の意向を帯して、「滋賀の持続可能社会ビジョン」を策定し、我が国初の二酸化炭素半減計画を提示した。これは日本の持続可能社会モデルの二つのタイプの一方として、国の技術主導型との対比で自然共生型という名で対外的にも知られるに至った。

 

 


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