寺澤捷年【富山大学名誉教授】 文化・社会部門

 

受賞年月

平成29年2月

受賞理由

東西医学の統合による新たな知の体系「和漢診療学」の創生、東洋の知に立脚した治療学の提言など、現代医療システムの発展に寄与した数々の功績

受賞者の経歴

【主な職業】
医師(臨床医)
富山大学名誉教授・千葉中央メデイカルセンター和漢診療科部長

【学  歴】
1970年 3月 千葉大学医学部卒業
1979年 3月 千葉大学大学院医学研究院博士課程(中枢神経解剖学専攻)修了 

【学位・称号】
医学博士(千葉大学)

【経  歴】
1970年  6月  千葉大学医学部附属病院医員(第一内科)
1979年  4月     千葉大学医学部神経内科助手
1979年10月  富山医科薬科大学附属病院和漢診療部長
1982年  4月     富山医科薬科大学医学部助教授
1990年  1月  富山医科薬科大学医学部教授
1993年  4月  富山医科薬科大学医学部和漢診療学講座創設教授
1995年  6月   WHO(世界保健機構)研究協力センターセンター長(10ヶ年間)
1999年 11月 富山医科薬科大学医学部長(兼任・2ヶ年間)
2002年11月 富山医科薬科大学副学長・附属病院長 (専任・2ヶ年間)
2004年12月 富山医科薬科大学大学院医学研究科教授(21世紀COEプログラム担当)
2005年  4月 富山大学名誉教授、千葉大学大学院医学研究院和漢診療学講座創設和漢診療学教授
2010年  4月 千葉大学を定年退職、千葉中央メデイカルセンター和漢診療科・部長(~現在)
その他、日本神経学会専門医(第3号)、日本東洋医学会専門医・指導医、和漢医薬学会理事長、日本東洋医学会会長、東亜医学協会理事長を歴任

【過去における表彰】
1986年  7月 北里研究所「大塚敬節賞」受賞
1996年  4月 陳立夫中医薬学術奨賞
1997年  5月 日本東洋医学会学術奨励賞
2002年  8月 和漢医薬学会・学会賞
2005年  6月 日本東洋医学会学術賞
2008年  6月 日本医史学会・矢数道明医史学賞
2009年 11月 武見記念・生存科学賞

主要著書・論文
1)著書
2007年 『完訳・方伎雑誌』 たにぐち書店
2010年 『完訳・医界之鉄椎』 たにぐち書店
2012年 『症例から学ぶ和漢診療学』 改訂第3版。医学書院
2012年 『吉益東洞の研究』 岩波書店
2014年 『漢方開眼・わが師藤平健先生』 医聖社
2015年 『和漢診療学・あたらしい漢方』 岩波新書、岩波書店
2016年 『井見集』 編著 あかし出版
2016年 『漢方腹診考~症候発現のメカニズム』 あかし出版
2)論文
①寺澤捷年,篠田裕之,今田屋章,土佐寛順,坂東みゆ紀,佐藤伸彦.瘀血症の症候解折と診断基準の提唱.日本東洋医学誌,34: 1-17, 1983.
②Terasawa K., Itoh T., Motimoto Y., Hiyama Y., Tosa H.: The characteristics of the microcirculation of bulbar conjunctiva in “Oketsu” syndrome. J. Med. Pharm. Soc. WAKAN-YAKU, 5: 200-205, 1988.
③Shimada Y., Goto H., Itoh T., Sakakibara I., Kubo M., Sasaki H., Terasawa K.: Evaluation of the protective effects of alkaloids isolated from the hooks and stems of Uncaria sinensis on glutamate-induced neuronal death in cultured cerebellar granule cells from rats. J. Pharm. Pharmacol., 51: 715-722, 1999.
④Mantani N., Imanishi N., Kawamata H., Terasawa K., Ochiai H.: Inhibitory effect of (+)-catechin on the growth of influenza A/PR/8 virus in MDCK cells. Planta Med., 67: 240-243, 2001.
⑤Terasawa K., Shimada Y., Kita T., Yamamoto T., Tosa H., Tanaka N., Saito E., Kanaki E., Goto S., Mizushima N., Fujioka M., Takase S., Seki H., Kimura I., Ogata T., Nakamura S., Araki G., Maruyama I., Maruyama Y., Takaori S.: Choto-san in the treatment of vascular dementia: a double-blind, placebo-controlled study. Phytomedicine, 4: 15-22, 1997.
⑥Terasawa K., Bandou M., Tosa H., Toriizuka K., Hirate J.: Disposition of glycyrrhetic acid after oral administration of Kanzo-to and Syakuyaku-kanzo-to in the rat. J. Med. Pharm. Soc. WAKAN-YAKU, 3: 105-110, 1986.
⑦Terasawa K., Itoh T., Motimoto Y., Hiyama Y., Tosa H.: The characteristics of the microcirculation of bulbar conjunctiva in “Oketsu” syndrome. J. Med. Pharm. Soc. WAKAN-YAKU, 5: 200-205, 1988  WAKAN-YAKU, 7: 74-80, 1990.
⑧Tosa H., Hiyama Y., Itoh T., Morimoto Y., Terasawa K.: Effects of Keishi-bukuryo-gan on patients with cerebro-spinal vascular disease. J. Med. Pharm. Soc. WAKAN-YAKU, 6: 13-19, 1989.
⑨Kohta K., Hikiami H., Shimada Y., Matsuda H., Hamazaki T., Terasawa K.: Effects of Keishi-bukuryo-gan on erythrocyte aggregability in patients with multiple old lacunar infarction. J. Med. Pharm. Soc. WAKAN-YAKU, 10: 251-259, 1993.
⑩Shimada Y., Goto H., Itoh T., Sakakibara I., Kubo M., Sasaki H., Terasawa K.: Evaluation of the protective effects of alkaloids isolated from the hooks and stems of Uncaria sinensis on glutamate-induced neuronal death in cultured cerebellar granule cells from rats. J. Pharm. Pharmacol., 51: 715-722, 1999.
⑪Mantani N., Imanishi N., Kawamata H., Terasawa K., Ochiai H.: Inhibitory effect of (+)-catechin on the growth of influenza A/PR/8 virus in MDCK cells. Planta Med., 67: 240-243, 2001.
⑫Minamizawa K., Goto H., Shimada Y., Terasawa K., Haji A.: Effects of eppikahangeto, a Kampo formula, and Ephedrae herba against citric acid-induced laryngeal cough in guinea pigs. J. Pharmacol. Sci., 101: 118-125, 2006.
⑬Hayashi K., Terasawa K,, et al,: Inhibitory effect of cinnnamaldehyde, derived ffrom Cinnamomi cortex, on the growth of influenza A/PR/8 virus in vitro and in vivo, Antiviral Research, 74:1-8 2007
⑭Terasawa K., Shimada Y., Kita T., Yamamoto T., Tosa H., Tanaka N., Saito E., Kanaki E., Goto S., Mizushima N., Fujioka M., Takase S., Seki H., Kimura I., Ogata T., Nakamura S., Araki G., Maruyama I., Maruyama Y., Takaori S.: Choto-san in the treatment of vascular dementia: a double-blind, placebo-controlled study. Phytomedicine, 4: 15-22, 1997.
⑮Kogure T., Sato N., Tahara E., Sakai S., Shimada Y., Ochiai H., Origasa H., Terasawa K.: Assessment of effects of traditional herbal medicines on elderly patients with weakness using a self-controlled trial. Geriatr. Gerontol. Int., 4: 169-174, 2004.
⑯Chino A., Sakurai H., Choo M.K., Koizumi K., Shimada Y., Terasawa K., and Saiki I.:Juzentaihoto, a Kampo medicine, enhances IL-12 production by modulating Toll-like receptor 4 signaling pathways in murine peritoneal exudate macrophages. Int. Immunopharmacol., 5: 871-882, 2005

受賞者の業績

氏の業績は、以下のとおりである。
1)伝統医学の研究
同氏は日本の伝統医学・漢方を確立した吉益東洞(1702-1773)の正統な継承者であるが、これと共に、神経内科専門医として、専門医番号3号を持つ優秀な人材でもある。なぜこのような東西医学の両者を高度なレベルで理解する人材が輩出したのか。その背景には同氏の19歳からの地道な努力と先見性があったからに他ならない。衰退と滅亡の危機にあった漢方の灯火が辛うじて千葉大学医学部に学外講師の形で残っており、同氏は「千葉大学東洋医学研究会」の場で藤平 健、小倉重成の両師から、漢方の伝統を受け継ぐと言う幸運に恵まれた。従って漢方の世界では、同氏は吉益東洞から数えて8代目の後継者となる。同氏のこの分野における研究業績は主要著書に掲げた『吉益東洞の研究』、『方伎雑誌』、『井見集』として公表されている。
この中で、『吉益東洞の研究』は韓国語に翻訳出版され、2013年に韓国の文化体育観光部の推薦図書に選定され、全国の公的図書館に配付されている。
2)和漢診療学の形成
これまでの漢方の継承者は師匠の言説を金科玉条として生涯を終えるのが通例だったが、同氏の優れた点は、その様な姿勢では学問の進歩は期待出来ないと喝破し、反対学である中枢神経解剖学を大学院で専攻し、その後、神経内科の専門医として臨床に携わり、その知のありさまを漢方の世界に採り入れ、新たな知の創生に果敢に挑戦した点にあった。その初期の成果が「瘀血の診断基準」の作製であった〔主要論文1〕。この1998年の研究によって経験知の世界に科学の光が当たる基盤が形成され、この成果がその25年後のCOEプログラム「東洋の知に立脚した個の医療の創生」採択への土台となっている。
同氏が新たに創生した「和漢診療学」の理念は、主要著書に掲げた『症例から学ぶ和漢診療学』、『和漢診療学・あたらしい漢方』、『漢方腹診考~症候発現のメカニズム』として公表されているが、特に『漢方腹診考~症候発現のメカニズム』は過去2000年来、経験知として伝承されてきた腹部の症候を神経解剖学・生理学、あるいはMRI,CT,超音波エコー検査などを動員してその症候の発現メカニズムを解明したもので、同氏がこれまでに培ってきた神経解剖生理学を縦横無尽に駆使した、正に漢方の歴史上、初めての画期的な業績である。
この新たな知の創生に対して、1993年に文部科学省も賛同し、富山医科薬科大学に「和漢診療学講座」が新設された。その後、同氏の千葉大学への移籍に伴い、千葉大学大学院医学研究院にも和漢診療学講座が新設されている。
3)認知症およびインフルエンザ治療薬の研究
同氏はこれまで経験的に頭痛治療薬として用いられていた釣藤散(ちょうとうさん)に認知症の改善効果があることを見いだし、その薬効評価をプラセボを対照薬とした二重盲検臨床比較試験によって明らかにしている〔主要論文13〕。これは世界で初の漢方薬の客観的薬効評価の英文論文として、また認知症治療薬のエビデンスとして高く評価されている。この科学的エビデンスによって、釣藤散は現在では認知症治療薬の一つとして、その地位を確立している。
さらにインフルエンザ感染症に古来用いられて来た麻黄湯(まおうとう)の作用発現機序を解明し、その抗ウイルス増殖作用が麻黄のエピカテキンのよる塩酸アマンタジンに類似の液胞の脱殻阻止であること、ならびに桂皮の成分(シンナムアルデヒド)がウイルスの増殖に必要なタンパク合成を阻止する作用によるものであること〔主要論文11・13〕を明らかにした。インフルエンザの治療にはオセルタミビル(タミフル)などの抗ウイルス剤が用いられるが、その副作用と考えられる事故例が多発したことから、現在では思春期の患者ではこの麻黄湯が第一選択薬として広く用いられている。それは同氏が明らかにした科学的研究のエビデンスによるものであり、その功績は極めて大きいものと評価されている。
4)文部科学省・21世紀COEプログラム
同氏は、2008年の文部科学省「21世紀COEプログラム」の公募に際して、富山医科薬科大学から「東洋の知に立脚した個の医療の創生」のテーマで応募し、採択の後はその拠点リーダーを務めている。その成果の一つは、田中耕一氏の開発したプロテオーム解析の手法によって、漢方の経験知である瘀血病態が赤血球の架橋分子の発現によることを明らかにしている。このCOEプログラムによって、富山大学の生薬、漢方薬研究がチームとして現在でも活動しており、これは同氏が拠点リ-ダーとして残した大きな業績である。
5)WHO(世界保健機構)研究協力センター
同氏は富山医科薬科大学和漢診療学講座が1995年にWHO研究協力センター(伝統医学)に指定され、そのセンター長を務めた(2005年まで)。伝統医学で用いられる生薬の基源植物の国際標準化作業に参画し、また中国および韓国のWHO研究協力センターとの学術交流を推進した。

以上の様に同氏は、国内的、国際的に伝統医学の経験知と現代の自然科学との融和こそ近未来の臨床医学の有るべき姿であるとの情報を発信し、現代医療に多大な貢献をしている。


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