受賞年月
令和7年2月
受賞理由
持続可能な循環型社会を目指した健康と環境に配慮した幅広いモノ造り並びに地球環境における森林生態系の重要性に関する実践教育及び啓発・協働活動
受賞者の経歴
【現在の主な職業】
作家、木工芸家、『共生進化ネット』主宰、東京農業大学客員教授
トヨタ白川郷自然學校設立校長、オークヴィレッジファウンダー(創始者)
【学 歴】
1969年 3月 立教大学理学部物理科卒業
1974年 3月 高山市高等技能専門学校卒業
【経 歴】
1969年 立教大学理学部実験補助員
1974年 高山市新宮町に仲間と共にオークヴィレッジ設立
1976年 岐阜県大野郡清見村牧が洞に移設、有限会社オークヴィレッジ代表取締役就任
1981年 『ドングリの会』(任意団体、後にNPO)発足、会長就任
1987年 環境総合プロデュース会社、有限会社オークハーツ設立、代表取締役就任
1988年 飛騨国際工芸学園木工科講師就任(~1991年)
1991年 森林たくみ塾開設、塾長就任
2001年 トヨタ白川郷自然學校の準備室開設、室長就任
2005年 トヨタ白川郷自然學校の開校、校長就任。2010年より設立校長(~現在)
2006年 岐阜県教育委員就任(〜2022年)
2006年 東京農業大学客員教授就任(〜現在)
2023年 横浜国際園芸博に向けた『日本を元気にする横浜モデル研究会』副委員長就任(~2024年)
2024年 『共生進化ネット』主宰(~現在)
【過去における表彰】
1974年 全国技能専門学校作品展、労働大臣賞
1981年 『Making A NewLife Cycle In Harmony With Nature 』ローレックス賞
1994年 『森の形 森の仕事』毎日出版文化賞奨励賞
2018年 文部科学大臣賞
2000年 自然環境功労者環境大臣賞
2024年 旭日双光賞
主要著書・論文等
【著書】
・『飛び立てグリュフォン』(光風社書房)1976年
・『緑の生活』(角川書店)1982年
・『木は生きているー森林の研究』(あかね書房)1985年
・『森からの発想ーサイエンスとアートを結ぶもの』(TBSブリタニカ)1988年
・『森の旅 森の人』(世界文化社)1990年
・『森の形 森の仕事』(世界文化社)1994年
・『森の博物館』(小学館)1994年
・『森と心-人はなぜ木によって癒されるか』(角川書店)1995年
・『森の精霊 シルヴァンの秘密』(オークハーツ)1996年
・『木の聲』(小学館)1997年
・『ソローと漱石の森』(NHK出版)1999年
・『森の惑星』(世界文化社)2001年
・『森と生きるー共生進化で持続可能な木の文明』(角川書店)2005年
・『ロハス・シテイの夜明け』(マガジンハウス)2006年
・『匠の技に学ぶ 木の工作の時間』⑴、⑵、⑶(タック出版)2008年
・『日本の森から生まれたアロマ』(世界文化社)2010年。後に『日本の森のアロマ』に改訂
・『認知症・不眠症へのアプローチ クロモジ黒文字』(オークハーツ)2014年
・『クロモジが発する香りの機能はどこまで追跡されているのか』(アロマリサーチ誌)2016年
・『脳と森から学ぶ日本の未来ー共生進化を考える』(WAVE出版)2020年
・『戦争とパンデミックのない世界へ』(オークハーツ)2024年
【論文】
・「未利用森林資源から抽出された日本産精油の成分分析」(日本アロマセラピー学会誌)]2012年
(名古屋大学 今井貴規準教授と共同研究
・「樹木の精油と芳香蒸留水から生成する活性酸素と抗酸化能」(日本アロマセラピー学会誌)
2014年 (昭和大学 荒川秀俊教授と共同研究)
業 績
氏は一貫して、持続可能な循環型社会創出のための活動に取り組むとともに、森林資源の重要性やその有効利用を唱えてきた。取り組んできた主な活動は、①『緑の工芸村オークヴィレッジ』設立、②『自給遊園』への試み、③環境問題の解決に向けた教育や文化活動の実践に大きく分けられる。
それらの活動内容を、時系列に列記する。
1974年:氏は仲間と共に、持続可能な自給自足の村を作る構想の実現のため、岐阜県高山市を拠点とする受注生産の家具工房から始めることを決め、木工を基礎から学ぶため1年制の飛騨高等技能専門学校に入学。職人出身の教員である秋松哲氏から木工技術の基礎を徹底的に学ぶ。
同年開催の全国技能専門学校展において、氏は労働大臣賞、オークヴィレッジを創設した仲間の庄司修氏は総理大臣賞、佃正寿氏は経済産業省デザイン賞を授与された。3人は自身の技量に自信を持つと同時に、日本の木工芸が極めて脆弱だということを実感し、木工芸の復旧と復活を大切なテーマだと強く認識する。
1975年:高山市に『緑の工芸村オークヴィレッジ』を創設、初代代表に就任。持続可能な循環型社会を目指す「100年かかって育った木は100年使えるものに」をモットーに掲げ、木の有効利用を促進するため、生活全般で木材の利用を進める「お椀から建物まで」をスローガンとして活動を始める。
1978年:[オークヴィレッジ*サマーセミナー]開催。その後も毎年開催し、①DIY の木工部門と染織部門の草分け、②日本の伝統工芸の技術指導の先駆け、③日本の木の文化の普及などに寄与する。また、教えを通じ、木工芸や樹木や森林に関する専門的知識の必要性を痛感し、オークヴィレッジ内に『コロキュウム研究会』を発足。それが、氏の著作『緑の生活』、『木は生きている』、『森からの発想』のなかに定着していくことになる。また、後に開設する『森林たくみ塾』のベースが出来る。
1980年:オークヴィレッジ敷地内の谷川に[ペルトン水車型の水力発電]に成功。ソフトエネルギーの一つの可能性を証明。また、漆工房の床暖房に太陽熱利用を試みる。さらに染織の傍ら、飼育した羊の毛からセーターを編み、野菜作りや米作りなどを試みる。今で言う『ウエルビーイング』の走りと言うべきライフスタイルを実践。
これらの試みは、氏の著作『ローレックス賞』や『緑の生活』に書き、最近、再度力説している『自給遊園』構想の実践的試みと言える。
1981年:森林破壊が進む現代において、持続可能な循環型社会創出のためには植林・育林が不可欠との考えから、広葉樹の植林活動を行う「どんぐりの会」を創設。「こども一人、ドングリ一粒」を合言葉とする活動を開始。
1982年:140万部を売り上げた『マスカレード』の著者で英国のアーティスト、キッド・ウイリアムス氏やスウェーデンの『カールマルムステン工芸学校』校長P.Oスコット氏が来村。日本の伝統工芸を海外に広める機会となる。
後に、カールマルムステン氏の盟友だったジェームス・クレノフ氏がアメリカで人間国宝的な存在であることを知り、日本に招聘した。その後、オークヴィレッジが運営する木工職人養成塾「森林たくみ塾」総師範 庄司修は、クレノフ氏を訪ねて何度も渡米し日本の伝統工芸を広めた。現在では、欧米の優秀なクラフトマンは押すのではなく引く、[日本の鋸や鉋]を使う様になる。
1985年:「ドングリの会」は 広葉樹の植林・育林運動の全国展開に着手。杉や桧の植林一辺倒(森林生態系をほぼ無視した杉などの単一植生による生産工場化)の森林関係者に対し、生態系の回復を兼ねた広葉樹の植林・育林の必要性を認識させるための活動の出発となる。
1987年:環境総合プロデュース会社「オークハーツ」設立。
1987年:『日本環境教育フォーラム』創設に関わり、環境行政と林野行政の敵対関係の融和に努める。また、全国に『自然学校』設立を促し、後に 『トヨタ白川郷自然學校』設立に繋げる活動となる。2024年現在『自然学校』は、1,400校まで増えている。
これらの活動が評価され、後に『「みどりの日」自然環境功労者環境大臣賞』(2000年)を受賞することになる。
1991年:木工の学び舎「森林たくみ塾」開設、日本の伝統工芸と家具業界の後継者つくりを始める。これは前述の『オークヴィレッジ*サマーセミナー』②日本の伝統工芸の技術者指導を具現化したことになる。氏が初代塾長、2代目はオークヴィレッジを共に創設した佃正寿が、現在は小木曽賢一が塾長を務めている。森林たくみ塾は30年以上に及ぶ歴史の中で、循環型社会創出に繋がる木工芸家を250人以上輩出し、日本国内のみならず英国、米国、ブラジルなどでも活躍している。
氏はこの頃、日本全国の森を探索するとともに森で働く人の現場を訪ね、さらには日本の縄文時代からの木の文化の歴史や、全国各地の職人や工芸作家を訪ね歩いた。それらを『森の旅 森の人』『森の形 森の仕事』として著し、それが毎日出版文化賞に結び付いたと言える。
1994年:『森の形 森の仕事』(世界文化社)で毎日出版文化賞受賞。
1997年:スタートした『森の惑星』(世界文化社)の取材中、キューガーデン園長のドクタープランス氏と出会い、植物の生命力の源であるエッセンシャルオイル(精油)を教わり、アロマに関心を持つきっかけとなる。教育事業の一環として「yuica認定日本産精油総合講座」を開設。人と自然の健康を繋ぐ日本産精油の必要性や身近な使い方を提案。
2005年:豊田章一郎より任命され、トヨタ白川郷自然學校を設立し、初代校長に就任。この活動に賛同した小学館やホンダや日清などの大手企業が自然学校を開設。これに呼応するかのように全国の民間団体や地方自治体なども参画し、自然学校が全国に広がった。
2005年:東京農業大学学長 進士五十八氏の推挙により、同大客員教授に就任。明治の造園家で林業家でもあった 本多静六氏の残したものを引き継ぎ、明治神宮の杜に関わることになる。また、野中ともよ氏が明治神宮で催した[いのちの森]に参画。さらに明治神宮の森の風倒木で作った木の鈴『木霊こだま』なども開発。
2006年:岐阜県知事 古田肇氏からの要請により、岐阜県教育委員就任。自然学校の体験を活かした自然教育・ふるさと教育を、ICT 教育と並ぶ岐阜県の教育の2本柱の一つとする。また、いじめ問題や自身の子供の海外移住の体験を活かした教育改革に取り組むとともに、国際化への働きかけにも尽力。
2009年~2013年:農商工連携に取り組み、地域の森林資源活用と日本産アロマの効果測定を実施、日本産アロマに関する研究開発を行う。国産精油yuicaブランドを立ち上げ、日本生まれの精油の普及を牽引。
2010年:オークヴィレッジの取締役を辞し、オブザーバー的な立場となる。それを機に東京へ徐々に拠点を移し、日本全国に向けた木の文化の普及や 日本の森からのアロマの普及、『森の惑星プロジェクト』で旅した記録をもとに、今までの探索や研究をまとめた総決算の本『脳と森から学ぶ日本の未来〜共生進化を考える』の準備に入る。
2018年:岐阜県教育委員としての長年の地方教育行政の功績を称えられ、文部科学大臣賞を受賞。
2020年:『脳と森から学ぶ日本の未来〜共生進化を考える』出版。氏はこのなかで、森林生態系が秘める植物間のネットワークと人間の脳の中のネットワークの類似性に言及している。それは原子物理学者で量子力学の創始者シュレーディンガーの『生命とは何か』から出発しており、さらに飛騨高山まで氏を訪ねたカズオ・イシグロ氏が[人間間のコミュニケーションのあり方を変えるために植物の生き方に学ぼう]と言及していることに触れ、人類全体の教育改革の必要性について述べている。その上で現在の日本や世界の行き詰まりを打開するためには社会教育の必要性、とりわけ自然環境問題への意識改革に繋がる新たな教育方法を模索している。
2024年:『戦争とパンデミックのない世界へ』出版。それと同時に『共生進化ネット』の配信をスタート。中村桂子氏、野中ともよ氏、武内陶子氏、太刀川英輔氏、隈研吾氏、藤森香衣氏、山極壽一氏、田中優子氏、小俣億学氏、神田香織氏、枝廣淳子氏、稲本零氏等の著名人が協力を表明。新しい扉が開く期待が高まっている。
また氏は、2027年開催の【横浜国際園芸博】里山ヴィレッジエリアの企画に参画。そこでは、[食と健康と植物の関係]の従来の概念を大きく超えた斬新な視点を提案し、SDGsの着地点とされている[2030年以後の環境問題の解決]に向け、今までにない道を開くための、第一歩としたいと考えている。
2024年春:これまでの教育活動に対して旭日双光賞を授与。
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